第10話 俊足のタイリを殺めたのは酔っ払い?
この街では同性愛が禁止されているので、発覚すると処罰の対象になる。
しかし殺人より重い罪な筈もなく、正直に話した方が得策だと思ったのだ。
まぁ、大抵の者が、水色の魔法で捕まらずにはすむのだが。
店の裏口に差し掛かると大きい方の兵察官が言う。
「ほれ、現場はあそこの角だ」
細い道を挟んで二軒先の『帽子屋』を示した。
赤い制服がちらほらと見え隠れしている。
全身を黒いスーツできめているのは、葬儀屋のマンデナッチだろう。
その周りに野次馬が集っていた。
確かに現場はとても近かい。
手紙を届けたあとすぐに、殺害されたのだろう・・・
―手紙の差出人が口封じに?
「酷い出血だ。この道をまっすぐ帽子屋に走り、ほれ、そこの、変色している壁のあたりで斬りつけられたんだ。血飛沫の方向から、今自分達が向いている方向から斬り付けたと思われる。そこから更に逃げたが、玄関前で息絶えた・・・ほれ、地面に足を引きずりながら歩いた跡があるだろう?お前の店からすぐそこだ・・・」
疑っているのが明きらで、最後の方は意味深な声色だった。
「ええ・・・でも、『斬り付けた』って言うのは?」
「おそらくは剣だろう」
一瞬、ルートヴィーズは剣術ができたな、と思う。
しかし。
「わたしは剣を持っていません。もちろん彼も」
持っていなければ振るう事はできない。
店には調理用のナイフがあるが、点検の時に全部揃っている事は確認済みだし、店の外に剣が落ちている事なんて偶然がある筈もなく、安月給の彼が、剣を買ってどこかに隠しておけるわけもない。
持っていた袋には生ゴミが入っているだけで、彼の私物は煙草ぐらいのものだろう。
確かに殺害時刻に外にはいたが、擦れ違いで目撃しなかった、という事もある。
「ルー、お前本当に何も見なかったか?」
ルートヴィーズは頷き、両手で目元を覆う。
「何だ?」
「『見えなかった』だそうです。ここらの夜は暗いですから」
ルートヴィーズはさらに耳を指差し、手を振る。
アデレートは頷いた。
「『不審な音も聞いていない』だそうです」
「・・・ふむ・・・」
『ヴィーキツ』の宿部屋は二階にあって、階段は店内と外にある。
外階段は現場側の方向にあって、内側にしか鍵がついていないドアで行き来できる。
鍵はアデレートが持っている一つだけで、客は閉店になると軟禁状態だと言えた。
もちろん、昨夜もそうだ。
一階はミツの領域なので、たとえ泊りの客でも侵入は許されない。
部屋数は八つ。料金は前払いだが、両者への安全対策だ。
裏口から店内に入り、階段を上って二階に上る。通気用に窓がひとつ付いているが、殺人現場とはまったく違う方向なので、客の誰かが目撃している可能性はない。
宿泊客は五人で、顔見知りもいない。何れも旅人で、一人客。誰かを連れ込んだという事実もなく、昨日は平和に眠っていた筈だ。
カードゲームで食べている中年男は、
「さぁ、昨日は酒も入ってぐっすり眠っていたからね」
と言い、盲目の吟遊詩人は、
「職業柄耳が冴えているのですが、昨日のその時間は、裏口の方で何かが転げる音しか聞きませんでしたね」
と長い髪を煩わしそうにしながら言った。兵察官の小さい方が、
「転げる音?」
と聞くと、アデレートが返す。
「おそらくゴミ箱でしょう。昨日ネコにやられらんですよ」
見聞を広める為に旅をしているというメガネの男は、
「その時間なら起きていましたよ。日誌を書いていたので・・・うぅん。不審な物音ね。憶えてないなぁ・・・ああ、向かいの建物はまだ明るかったですよ」
と言い、証拠としてその日の日誌を見せてくれた。
賞金稼ぎをしているというショートヘアーの女は、
「さぁ?知らないねぇ・・・長旅で疲れていたから、昨日は早めに眠ったし・・・不審な者を見かけたら、まず手配書を見るようにしているけど、昨日は見てないね」
続けて、寝起きであられもない姿をしている彼女は、
「昨日のバーテンさんもいいけど、そっちの銀髪も好みだわぁ」
と言った。
アデレートは愛想を含ませて苦笑いをしたが、ルートヴィーズは無表情のままだった。
親戚を訪ねに行くという灰色髪の壮年の男は、
「わしは耳が遠くてねぇ・・・え?何だって?ああ、不審な人物?さぁてねぇ・・・」
と――いう具合で、何れも特別な情報はない。
二階にある窓から飛び降りる事はできても、足掛かりの何もない所から二階にあがるのは至難の技だ。窓にそのような痕はない。
向かいの仕立て屋が、『犯行時刻頃に掃除をしている二人の人影を見た』、という証言をしてくれたおかげで、取り合えず署への連行は免れた。
帽子屋の人間も店と自宅は違うし、『ヴィーキツ』と帽子屋に挟まれている靴屋の老夫婦も、足腰の悪い彼らが犯行は不可能とされ、近所の住民も一通りの聴取をされたが、結局は第一発見者である酔っ払いが怪しいとされ、署から帰してもらえないらしい。
その容疑者が、昨日『ヴィーキツ』のバーに最後まで残っていた男だと聞いたのは、その日の開店直後だった。
「酔った勢いだったのかねぇ?」
カウンターに座っている常連客の一人が言う。
「あんな覚束無い足で、俊足のタイリは殺せませんよ」
とアデレートは返す。
「はっは。そりゃあ違いねえ。あのガキは足だきゃ速かったからなぁ」
「お前より頭の回転も速かったぞ」
と言って、隣に座っている男が笑う。
「お前ぇも他人の事言える『おつむ』かよ」
早くも酒が回っている男達の間から、ケタケタと笑いが起こった。
その様子を苦笑し、アデレートはグラスを拭いている。
どうやら本気で疑っているわけではないようだ。
もちろんアデレート自身、あの酔っ払いが犯人だとは思っていない。
あの日あの男を店の外に運んだ時、凶器らしきものは見当たらなかった。
“護身用の銃さえ持っていないのか〟と思ったので、間違いはない。
あの男に殺人は無理だ。
あのタイリを追いかけ、攻撃したと言うのだから、犯人は只者ではない。
そして《キンコウセン》のメンバーを手にかけたのだから、タダでは済まないだろう。
その噂は瞬く間に広がった。
今日は常連客以外、入りそうもない。
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