第9話 殺人事件のアリバイ


 ドンドンドン、ドンドンドン。


「ーー・・・ん」


 ドンドンドン。

 乱暴にドアをノックする音が響いた。


「市警察軍だっ。いくつか聞きたい事がある。開けなさい」


 アデレートは呻いた。

 のそりと起き上がると、背中から毛布が滑り落ちる。

 ドンドンドン。

 明るい光に顔を顰めると、カーテンを閉め忘れた事に気付いた。

 ベッドの側にある窓からは白い光が溢れていて、ヴィーキツが見下ろせた。

 執拗に続くノックの音に、隣で寝ていたルートヴィーズも薄らと目を開ける。


「市警察軍だっ」

「はい、はい、今開けます」


 アデレートは上着を羽織り、もぞもぞと動いて寝ぼけているルートヴィーズに言う。


「ルー、隣に行ってろ」


 彼は床に落ちているズボンを穿いて、彼の部屋へとのろのろと戻っていった。

 それを確認してから、アデレートは玄関のドアを開ける。

 開いた途端に、赤い壁が見えた・・・―いや。壁ではなく、赤い制服を着た胸板だ。

 アデレートは平均か、それより高いぐらいの身長だが、目の前にいたのはドアの向こう側の景色を隠してしまう程に、大きな男だった。

 思わず首を上げると、やっと視線が合った。


「昨日の晩、近所で殺人が起きたので捜査している。何か不審な音や声を聞いたり、不審な人物を見かけたりはしなかったか?」

「いいえ・・・また旅人が襲われたんですか?」

「いいや、別区域に住んでいた黒人系の少年だ。噂によると、《キンコウセン》の伝令をしていたらしい」


 アデレートは目を見開いた。

「タイリの事ですかっ?」


「ああ。今身元の確認を行っているが、ほぼその少年で間違いはないだろう。隣の者から聞いたが、お前は向かいの酒場の店主だそうだな?」


「ええ。『ヴィーキツ』はわたしの店です」


「夜盗か変質者か、と思っていたのだが、ギャング同士の争い、という線でも捜査をしている。お前の店にはよく、《キンコウセン》の連中が出入りしているようだな?昨日、被害者の少年が店に訪れた事は分っている。何か変わった様子はなかったか?」


 すぐに手紙の事を思い出してドキリとしたが、顔には出さなかったと思う。


「はぁ・・・」

 と間抜けた返事を返し、頭の中では動揺を抑えようと必死になっている。


 タイリは手紙を託し、それから間もなく死んだ・・・手紙。言うべきか?しかし―。


「確かに昨日、来てたようでしたねぇ。わたしは厨房に入っていたもので、あの少年が何をしに来たかまでは・・・客も結構入っていたし・・・どうだったかなぁ・・・」

「店に宿泊している客がいるな。それと店員だ。その者達に話を聞きたい。店の鍵を持って、付いて来なさい」


 今までの声とは違っていた。

 アデレートは驚き、自分の足元に視線を移した。

 今まで視界に入らなかったが、そこには小人級に小さな中年男が立っていた。

 やはり赤い制服を着ているので、彼もまた市警察軍なのだろう。普段街をパトロールしている役職が警官、事件などを担当する者は兵察官と呼ばれ、制服に腕章がついている。


「ああ・・・ええ、はい。少しお時間いただけますか」


 店の鍵を取りに行くと、シャワーからあがったルートヴィーズが、『何があったんだ』というような視線を向けてきた。


「タイリが殺された」


 ルートヴィーズは大きく瞬く。

 アデレートは引き出しから金色の鍵を取り出した。


「店に行くから、早く着替えておいで」


 まだ半乾きの髪をした彼と家を出ると、ルートヴィーズを見た小さい方が質問。


「この男は?」


 アデレートは店の方に歩きながら答えた。


「住み込みの店員です。あと通いの店員が一人。昨日は早めに帰りました」

「店が終わるのは?」

「掃除や何かをあわせると、だいたい深夜の二時ごろです」

「殺害予想時刻と重なるな・・・おい、そこの黒髪。店が終わったあとはどこにいた?」


 ルートヴィーズは視線を伏せ、かぶりを振る。


「正直に答えんか」

「彼は口が利けないんです」

「何?」

「耳は聞こえますが、口の方はさっぱり。しかし彼のアリバイはわたしが保証します。店が終わったあとは、二人で家に帰りましたから」

「そのあとすぐに、家を抜け出したのかもしれん。昨夜の深夜二時から夜明けまで、あいつが何をしていたのか答えられるか?」

「家に帰って、シャワーを浴びて、僕のベッドの中にいました」


 市警察軍の二人は顔を顰めた。

 数秒後、大きい方が「ふん」と鼻で笑う。


「なるほど、女のような顔をしているとは思ったが―・・・」

「しかしそうなると、お前が黒髪をかばっている可能性もでてくる・・・もしくは、黒髪がお前をかばっている、とかな・・・お前のアリバイを証明出来る者は?」

「彼しかいませんね」

「それでは話にならん」

「僕はここらへんじゃ顔が知れてるし、銀髪は目立ちますから・・・目撃者がいればすぐに分ると思いますよ?」

 アデレートは愛想のいい笑顔で、大きい方の兵察官の胸ポケットに水色の札を押し込んだ。男はポケットの中身を見て、にやりと笑う。

 どうやら交渉成立のようだ。

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