第7話 アデレートとルートヴィーズの出会い【2】
――昼過ぎだった。
それまで何をしていたのかは分らないが、そこにあの男が入ってきた。薄暗い店内からは逆光になって、男が白く発光しているように見えた。
くたくたのシャツに、ズボン。常連客にも然程の違いはない・・・そんな服を着ていても、彼の浮世離れした雰囲気は隠せなかった。
その顔が並外れて美しい事に気付き、カウンターに座った漆黒色の瞳に吸い寄せられるように、数秒間見つめ合っていた。
「・・・何にしましょう?」
やっと注文の要求をした所で、彼が喋れない事に気づく。
男は黙ったまま、ポケットから金を出した。
もちろん、アデレートが渡したものだ。
「何か・・・有り合せでいいか?」
男が頷くと、まかない用の野菜クズや何かでピラフを作り、卵を落としたスープを出してやった。男はゆっくりと時間をかけ、それを飲み込んでいく。
美味いから噛み締めているのか、それとも胃腸が弱っていたからなのかは分からなかったが、アデレートはそれを見つめながら、声をかけた。
「美味いか?」
男は小さく、頷いた。
「保護はしてもらわないのか?」
男は俯いて、スプーンを銜えたまま、小さく頷いた。
「名前ぐらいは思い出したか?」
見逃してしまいそうなぐらいに小さく、男はかぶりを振る。
アデレートは大きくため息を吐いた。
「ここで働くか・・・?」
驚いたような瞳が、アデレートを見上げた。
「住み込みで。さっきまで寝てた部屋を貸してやろう」
どうして得体の知れない男にそんな事を言ったのか、今になっても分からない。
今まで育ててくれた店主が数ヶ月前に亡くなったばかりで、店の切り盛りが大変だったからなのか・・・
それともそれなりの恋愛をして結婚した妻が、店の常連と駆け落ちした直後で寂しかったのだろうか・・・
どちらにせよ、妻が店を手伝ってくれていたので、新しい店員が必要だった事には変わりない。
「・・・ただし、使えなければすぐに出て行ってもらう」
男は数十秒も時間を置いて、ゆっくりと頷いた。
少年のころ、一緒に生活していた義弟がいた。両方とも親がいなかったので、一緒にスリや引っ手繰りなんかをして食べていた。
『ルートヴィーズ』という名前のその少年が警察に捕まったのを機に、アデレートは旅に出た。そして恩人に拾われ、今に至る・・・
名無しの男を何と呼ぼうか、と考えた時、真っ先に浮かんできたのは、彼の名前。
なので名無しを、「ルー」と呼ぶ事にした。
二人目のルートヴィーズは、使えなかった。
剣術や体術は体が覚えているようだったので、記憶喪失以前に、まともに家事をした事がなかったのだろう。床を掃く前にモップがけを始めるし、椅子を退ける事が思いつかなかったのか、わざわざ椅子の足を縫うようにして、床を磨く始末だ。
早々に追い出せば良かったものの、どこまでも御人好しだな、と我ながら思う。
一体どれほどのグラスや皿が割れた事か・・・
慣れるまでは手がかかって大変だったが、それが逆に愛着へと変わっていたのかもしれない。フィドはこういう感覚で俺を育てたのかな、と思いつつ、弟分が再びできた事に多少の喜びも感じていた。
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