第6話 アデレートとルートヴィーズの出会い【1】

 雑務をもろもろ終わらせると、入り口に設置された折りたたみ式のスライド・ドアを閉め、内側から鍵をかける。ミツの首輪を外し、戸締りと明日の仕込みをチェックすると、売り上げを持って裏口に向った。


「遅いな・・・・・・また煙草か・・・?」


 ドアを開けると、すぐにしゃがんでいるルートヴィーズに気付いた。

 暗がりで何をしているのかと思えば、どうやらゴミ箱をひっくり返したらしく、地面に放り出された中身を掻き集めていた。銜えている煙草から、煙が細く立ち昇っている。


「あ~あ・・・何やってんだ」


 ルートヴィーズは、殆ど影になっている向かいの建物を指差した。

 樽の陰に、小さく光る二つの目がある。


「・・・ネコ?」

 ルートヴィーズが頷く。

「ああ、ネコにやられたのか」


 アデレートは納得した。空の酒樽に袋を入れただけの簡易ゴミ箱は、樽の蓋に取っ手をつけただけの、粗末な作りだ。時々ノラ猫やノラ犬にかき回されるのだが、それが日常のこの街で、それを過剰に嫌がる者は少ない。


「仕方ないな・・・今日はゴミの量が少なかったし」


 きっとネコの体重が一定方向にかかってしまったのだろう。以前に何度か、樽の中に落ちてもがいている猫を目撃しているので、何も珍しい事ではなかった。

 アデレートは片付けを手伝い、忘れ物がないかを確認して、裏口に鍵をかけた。

 空を見上げると、青白い満月が紫煙のような雲に滲んでいた。


 この街に根付いている血筋は、元を辿れば盗賊だとか、流刑者の血筋だとか、旅人の落とし種だとかが多い。つまりは流れ者でできた街で、旅人が街の外で追い剥ぎに会い、ムアナに逃げて来た所で事切れる・・・


 そういう事態は、何も珍しい事ではなかった。


 ムアナは『戦闘禁止地区』であって、『犯罪禁止地区』ではないのだ。

 しかしまぁ、もとより犯罪は全域において禁止されているものだし、それを破るかどうかは本人に委ねられているものなのだが・・・。

 『戦闘禁止』と言うのも、ムアナにいる者達の伝統的な美徳によって成り立っているだけで、法律に縛られているから守っている、という感覚ではない。

 この街には独自の集団意識があって、彼らなりのルールと美徳がある。

 『戦闘禁止』というのもその一端であって、喧嘩は疎まれるが、『決闘』は快しとされているような場所柄だ。何の違いがあるのかと聞けば、「志」、それだけ。

 皆に認められる大義名分があるのか、ないのか。

 そういうものを重きに置く者達で構成されている街であって、平和主義の者達が寄り集まり、花畑の中で肩を組んで歌っているような場面は、決して存在しない。

 まぁ、決闘の勝者が野次馬をしていた花達を酒場に連れて入ってきた時は、似たような事が起こるのだが・・・

 つまりは、街の外を一歩出てしまえば、煙草を吸うついでに殺人がおこりかねない場所なのだ。


 なのでアデレートは、自宅の近くで男が倒れているのを見た時、〝またか〟と思った。


 店仕舞いをしたあとだったので、深夜を回っていた頃だろう。生暖かい空気が沈殿している蒸し暑い夜で、満月が白い雲から見え隠れしていた。

 体中に小さな切り傷や紫色のアザがあったので、タチの悪い連中に目を付けられたのだろう。荷物の類は一切見当たらなかったので、盗賊から逃げて来たのかもしれない。

 近づいて肩を揺すってみると、男は僅かに呻いた。――いや。『声』になる直前のため息だったのかもしれない。

 医者が見当たる時間でもないので、取り合えず家に上げて応急処置をしてやった。

 意識が朦朧としているようで、話せる状態ではない。

 傷が熱を呼んでいたので、そのまま四日ほど世話をするはめになった。

 仕事に出る前に様子を見ようと部屋に入って見ると、いきなり果物ナイフを首元に突きつけられた。

 ベッドに男の姿がなく、一瞬きょとんとした隙に、ドアの死角から現れた男に背中をとられたのだ。薄く刃の部分が触れたせいで、首に赤い線が滲んだ。


「待て。敵じゃない。お前を介抱した恩人だぞ」


 僅かに殺気が消えると、ゆっくりと解放される。

 振り向いてみると、そこには困惑をあらわにした顔があった。


「お前、名前は?」

 困惑が深まったようで、眉間の皺を深めた。

「どこから来た?」

 頭痛でも起こしたのか、男は頭を抱える。

「っっ―」

 男はのど元を押さる。そこからは、息が漏れるだけだ。

「喋れないのか?」


 男の目が見開いた所を見ると、彼自身、はじめてそれに気が付いたようだった。

 精神的なショックで、声を失ったのかもしれない。

 夜道では、男女関係なく襲われる。

 それがすらりとした体つきの美男であるなら、格好の餌食だっただろう。

 よくある事だ。

 アデレート自身、何度も危ない目にあっている。


 同情はするが、哀れに思ったりする事はしない。むしろこの男はラッキーだろう。死体を無視して歩いていく奴もいるし、介抱してやった例に、「お礼」を要求する奴もいる。

 開店時間の方が気になり、〝俺はなんて優しい奴なんだろう〟と思いながら、大事な売り上げから二・三枚抜き出すと、それを男に握らせた。


「これで何か食うなり、何なりしろ」


 古着屋と市警察軍の署を教えて、男と共に自宅を出る。

 きょろきょろとしている男を置いて、アデレートは裏口から店に入った。

 いつものように店を開け、常連客がぱらぱらと入って来ると、日常が始まる。

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