第5話 『閉店』後
深夜一時がラストオーダー。一時半が閉店だ。
他の店に移る者もいれば、そのまま家路へとつく者もいる。
テーブルに突っ伏してイビキをかいている客を揺り起こし、店の外へと移動させる。
この街では、閉店時間を過ぎても居座る客を、店の前に捨て置いてもいい事になっている。
一足先にあがったリクに、「夜道には気をつけるんだよ」と声をかけ、アデレートとルートヴィーズは店内の掃除を始めた。
椅子をテーブルの上に上げているルートヴィーズの横顔を見ながら、乾燥地帯特有の悩み、砂埃を箒で掃き始める。
「そう言えば、葬儀屋のミスター・マンデナッチが亡くなったそうだよ」
ルートヴィーズは視線を向け、数秒後に、「ああ」とでも言いた気に何度か頷いた。
ブラインドのように横格子になっている窓を閉める。向かい側の『仕立て屋』は残業しているようで、煌々と電気がついている。蜂の腹のように光が入ってきた。
マンデナッチは東地区の葬式を仕切っている、葬儀屋の社長だ。「社長」と言っても家族や親戚で経営している小会社だ。
「息子のジョン・マンデナッチ・ジュニアが後を継いで、近々新装開店するそうだ。『葬儀屋特有の陰気なイメージを変える』、とか何とか言ってたけど」
苦笑。
「『明るい葬儀屋』って言うのもどうだろうな?それじゃあ遺族が―」
アデレートはそこで言葉を止めると、息を止めた。一拍の間を置いてため息を吐く。
背中に纏わりついてる暖かい感触に振り向くと、肩に黒い髪が埋まっていた。首筋に柔らかい唇が当てられると、体温が上がる。
腰に回されたルートヴィーズの腕を解き、箒をテーブルに立てかける。
丸く滑らかな縁を滑って、箒が高い音を立てて倒れた。
後頭部を押えて彼のやわらかな唇を吸うと、彼の長い足が後退って、腰のあたりがテーブルにぶつかる。黒い蝶ネクタイと白いシャツのボタンを解放すると、後手をついて仰け反った彼の、シャープな顎とノド仏が見えた。
細い吐息が聞こえる。
一体どんな声をしているのだろう、とアデレートは思った。
きっと骨格や雰囲気からして、低音だろう。普通に会話していても妙に印象に残り響きのある――。
「あの~・・・」
ルートヴィーズははっと我に返って、入り口に目をやった。逆光になっている小さな人影はタイリで、困惑した顔で様子を窺っている。
アデレートは瞬く。
「こんな夜にどうしたんだ?」
黒目がちな瞳がおどおどしながら、赤い封がしてる手紙を差し出した。
アデレートの記憶違いでなければ、レネスが受け取った手紙と同じものである。
蝋を垂らして印を押し付ける封には、家紋や郵便局紋が付いていない。個人的に作った印だろうか。それとも地区では販売されているタイプなのだろうか。アデレートには分からなかったが、封は立体的な骸骨型だった。
「―これは?」
「実は、頼まれたのはさっきのだけじゃなかったんです・・・あの時はネレスさん達がいたから怖くて・・・これ・・・あの赤い帽子のお兄さんに渡してもらえませんか?」
「ロイドに?」
タイリは頷いた。こうゆう時は仲介料を払うのが常識で、タイリも水色の札を三枚差し出した。口止め料が入っていると考えても、高めだ。
「一体誰から?」
タイリはかぶりを振った。
「分かりません。小遣いをやるから、これをレネスさんと、この店に通っている『赤い帽子の若い男』に渡せって・・・」
コインではなく札を出すとは。
タイリは一体どれぐらいの『小遣い』を貰ったと言うのだろう?
差出人は随分と金持ちのようだ。アイロンをかけたような紙に、タイリが二つ折りにしたであろう、一本の線が入っているだけの新札だ。
とんとん、と肩をノックされる。
振り向くと、ルートヴィーズがゴミ袋を持って立っていて、裏口を親指で指した。『ゴミ出しに行って来る』という意味だろう。
「うん。頼むよ」
彼は頷いて、従業員通路へと入っていく。
手紙を裏返してみたが、どこにも名前は入っていなかった。
まぁ、こうした依頼は時々受けるので、事情は気にしない事にして、アデレートは頷いた。
「分かった。預かっておくよ」
タイリはほっとしたように笑顔で頷くと、手を振りながら店を出て行った。
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