第4話 店の常連『キンコウセン』


 ―数十分後。

 大柄な男を囲むようにして、黒人の集団が入ってきた。

 筋肉隆々とした熊のような男が、どかりとカウンターに座る。

 《キンコウセン》のリーダー、レネスだ。

 その隣に座ったドレッド頭が、ナンバー2のマロイ。

 その周りを《キンコウセン》のメンバー達が固めている。

 その中にいる唯一の白人が、数年前からレネスの護衛をしている剣士、ミヅチだ。

 プラチナブロンドの巻き毛なので、彼だけは異様に浮いて見える。

 無表情で無口で腕が立つ事に関しては、ルートヴィーズに引けを取らない。


「プライグ四世、ロックで。あと適当に飯」


 レネスの低い声が言うと、アデレートは頷いてキッチンに向った。

 ルートヴィーズはグラスに砕いた氷を僅かに入れ、赤い液体をグラスに注ぐ。ルビーが溶けたような色で、甘い香りが特徴の酒だ。

 他の者達の注文をさばくと、グラス拭きに戻る。 


「――それで、あの何たらとか言うグループはどうなってる?」


 レネスが言うと、マロイがグラスを僅かに傾けた。

 薄緑色の液体が斜めになり、氷がぶつかって高い音をだす。

 『プライグ五世』。プライグ四世とは正反対の政治を行った、平和主義の男の名だ。薬草めいた味がするので、あまり売れない。


「『何とか』ではなく、《レイガフ》だよ」

「ああ、そうだ。そのレイガフ、とか言うのが勢力を伸ばしてきてんだろ?だったらぶっ潰せばいい。俺たちは強い・・・最近は特に、」


 レネスは不敵な笑いを浮べながら、ミヅチを見た。


「こいつのおかげでなぁ?」


 ミヅチは無表情のまま会釈する。腰には細身の剣が下がっていて、室内にいる間も、片手は鞘に触れていた。

 マロイはため息を吐く。


「そんな簡単な問題じゃない。やつらの基地は西地区だ。教会関係の建物が多い上、信仰深い奴等が多い」

「だから何だってんだ」


「警察軍の司令官が変わっただろう?そのおかげで方針が変わって、今までのように好き勝手ができなくなったんだ。裏金、接待、女、支部のお偉方の人事異動のせいで、コネが全部パァだ・・・しかもレイガフは、一般人には一切手を出さない。西地区の奴等からは英雄扱いだ。警察軍の目が光っている時に、教会近くで暴れるのはよくない」 


「何だ、お前。天罰が怖いのか?」

「違うよ。怖いのは、教会を通して政府に目を付けられる事だ」

「ふんっ、面倒くせぇ・・・」


 店主兼料理人を担っているアデレートは、白身魚の塩焼きが乗った大皿を、カウンターに出した。ここの料理は上手いと評判で、レネスも気に入っている。

 したがってここは、《キンコウセン》の集会場になっていた。

 入り口のドアに頭を打ちつけそうになりながら入って来たのは、《キンコウセン》の伝令役、黒人少年のタイリだ。まだ十歳にも満たないが、俊足と近道に関してはプロフェッショナルだ。長いまつげとクリクリとした瞳が特徴の、可愛らしい少年だ。


「あ、レネスさん。こんにちは」

「どうした」

「伝令です」


 タイリは手紙をレネスに渡した。手紙を走り読んだレネスは、「行くぞ」と言って席を立った。「何だ?」とマロイが聞くと、手紙を寄越す。マロイはそれを読んで、不審そうに眉間を寄せた。


「タイリ、これは誰からの情報だ?」

「分かりません。いきなり道端で声をかけられて、『伝令係だろ。これをレネスさんかマロイさんに渡してくれ』、って言われて・・・」

「その人物に見覚えは?」


 タイリはかぶりを振った。


「黒人系の人でしたけど、見たことはなかったです」


「・・・罠、かな?」


 マロイが呟くと、レネスは鼻で笑った。


「確かめてみれば分かる」


 大男は早々と入り口へ向った。メンバー達が周りを囲む。マロイは大きなため息を吐いて立ち上がると、全員分の料金をカウンターに置いた。


「まずは相談してからにして欲しいな・・・」


 店から出る寸前、両開きのドアに手をかけたミヅチは、カウンターの方へと視線を向けた。研ぎ澄まされた刃物色の瞳が、バーテンダーを捉える。

 ルートヴィーズは視線に気付き、ミヅチと視線を合わせた。


「ミヅチ、何をしている。行くぞ」


 一瞬の間の後、ミヅチは視線を外してドアの向こうへと消えた。

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