第3話 ロイドの恋
赤いカウボーイ・ハットの男、ロイドは、アデレートに礼を言って金色のコインをカウンターに置いた。自分がいた席に戻ると、何事もなかったように冷えた料理で食事を始める。
連れはなく、いつも一人だ。
女の影すらチラつかないのは、もちろん、目当ての人物がこの店にいるからである。
リクは自分のポケットから料金を出すと、赤ワインを一本、ロイドのテーブルへと持って行った。会話までは聞き取れないが、何やら楽しげに笑っている。
ロイドがこの店に初めて来たのは、半年ほど前だろうか。今では彼の固有名詞になっているその帽子は、常連客が多く集まる時間帯では酷く悪目立ちした。
客の一人が聞く
「ドコの者だ」
「どこでもないさ」
と、飄々とした声で彼が返したのを憶えている。
「旅の途中でね。腹が減ったから、適当に入ってみた。店主、宿は空いているか?」
「すいません。今日は満室なんですよ」
「そう・・・じゃあ、とりあえず酒と食べ物を貰おうかな」
アデレートが注文を取ると、厨房に入っていたリクが料理を出した。銀の盆に乗った皿をテーブルに置くと、ロイドは顔を上げて礼を言いかけた。
しかし途中で言葉を失うと、リクの顔を見たまま動かなくなってしまった。
「どうしたんです、お客さん?」
「・・・ああ・・・なるほど・・・」
ロイドは呆然としながら呟いた。
「看板が言ってたのは、君の事だったんだね?」
リクをはじめ、周りの者が一瞬破顔した。
周りからどっと笑い声がおこり、野次と口笛が飛ぶ。
アデレートもカウンターの内側で微笑した。
リクは笑い、礼を言った。
そしてその翌日、ロイドは再び店に来た。その翌日も、さらに翌日は花束を持って。
そして旅人である筈の男は、半年近くもこの街に滞在し続けている。あの時の彼の言葉を疑う者は、今となってはいなくなっていた。
看板の文字は『ヴィーキツ』。酒の湧く泉に住み、美女に化ける鳥の名だ。
アデレートは過去を思い出し、ふと微笑った。
隣にいたルートヴィーズがそれに気付いて、視線を寄越す。
「あの二人、最近『好い仲』らしいよ。仕事終わりや休日に会ってる、って報告された」
二人を見たルートヴィーズは、アデレートの左の薬指を指差した。
「『結婚するか』って?」
相手が頷くのを見て、アデレートは苦笑した。
「さぁ?どうかな・・・そうなると、嬉しい反面困るかなぁ」
ルートヴィーズは首を傾げた。
「だって嫁に行かれたら、リク以上に優秀な人材は見つからないだろう?」
ルートヴィーズは視線を上げた。数秒の間を作ると、納得したように頷く。そして、自分の顔を指差した。
「・・・『お前』?」
ルートヴィーズは頷く。
「・・・・・・『俺がいるよ』?」
彼があまりに素直に頷くので、アデレートは照れくさくなった。
「お前、まともにオーダー取れないし、料理もできないだろう」
更に淡々と頷く彼を見て、店主は苦笑した。
「そういう事言うとキスするぞ」
冗談半分に言うと、ルートヴィーズは無表情な顔の前に両手を持ってきた。小指と小指の側面をくっ付け、閉まる、というジェスチャーをして見せる。
「『閉まる』『閉める』・・・――『閉店?』」
彼は頷くと、もう一度同じジェスチャーをして、唇に右手の指先を当てた。
「『閉店してから』?」
彼は頷く。アデレートは笑った。
「まったく、お前は」
「アディ、また来る」
ロイドが片手を上げると、アデレートは笑顔で挨拶を返した。
「またのご来店を」
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