第6話 ダンジョン脱出と全能の消失
ずいぶんと久しぶりに感じる地上の空気はどこか新鮮で心地よかった。だが、強く照り付ける日の光はダンジョンに慣れた目にはうっとおしいほどにまぶしかった。
町中はすでに朝を迎えており、ダンジョンにこもって丸一日以上が経過している様子だった。そんな騒がしい喧騒の中、人々の話題の中心はどこかのギルドが陥落したという話であふれかえっていた。
まぁよく聞く話だ。特に大手ギルドが有能な人間を引き入れるために中小ギルドにちょっかいを出すなんて日常茶飯事だ。
なんて事を思いながら俺はそばかす女を下ろして、凝り固まった体を伸ばしていると、近くで新聞屋の男が号外を配っている様子が見えた。
「号外、号外だよぉっ、あの大手ギルド「グランバース」が陥落だぁっ」
「なにぃぃぃっ!!」
俺は新聞屋の男から号外の新聞をぶんどると、そこには確かに『ギルド・グランバース陥落』の見出しと、俺が死亡したという情報が載っていた。つーか、俺の写真人相悪すぎねぇか?
「おい新聞屋、これどういう事だ、どうなってやがるっ?」
「どうなってるも何もそのままの意味だよ・・・・・・って、おや、あんたグランバースのギルドマスターにそっくりだねぇ」
「ふざけんなっ、本人だっ!!」
「はははっ、冗談はよしてくれよメフィウス・フェニックスは死んだんだ」
「死んでねぇよっ、ここにいんだろうがっ」
「・・・・・・いやでも、グランバースはすでに陥落して後任のギルドマスター就任式も行われているはずだよ」
「なにぃっ、就任式だぁっ!?」
「あぁ、今やってるよ、これが配り終わったら今度はそっちの号外を出さないとね、今日は大変だよ」
「待てよ、陥落って事は誰かにやられたって事なんだよなぁっ、どこのどいつだ」
心当たりはある、だが、このスピード感でやられるとは思っていなかっただけに俺は焦っていた。
「大手ギルドの『スピネルハート』だよ」
「やっぱりかあの野郎っ」
その言葉を聞いた俺は、すぐさま我が家であるギルド本部へと向かった。
すると、そこには大勢の野次馬共が群がっており、大いに賑わっていた。その人込みは人の壁を形成しており、中に入ることが困難だった。
俺は、すぐさまギルド本部の裏口へと向かい、そこから侵入を試みようとしていると、裏口では見覚えのないやつらが警備を固めていた。
しかも、ちょうど裏口から金髪に白い服を着た奴が出てくるのを見つけた。
そいつは、ギルド『スピネルハート』のギルドマスター『プリンス・ハーパー』であり、ダンジョンで眼鏡の冒険者が身に着けていたイバラにハートをシンボルとして掲げるいけ好かねぇ野郎だった。
「おいてめぇの仕業か、プリンスッ!!」
俺の声に近くにいた護衛達が一斉に身構えた。するとプリンスは金髪をかきあげながら俺を見下すような視線を送ってきやがった。
「はて、どこかで会ったかなチンピラ君?」
「しらばっくれんじゃねぇっ、こんな事してただで済むと思ってんのかっ」
「何の話かなぁ、ところで君は誰かに似てるねぇ・・・・・・いや、彼はすでに死んでいるんだからそれはあり得ないか。あぁ、実に悲しい事件だったよ」
「ふざけんなてめぇっ!!俺が死ぬと本気で思ってんのか?」
俺の言葉に、プリンスはまるで泣いているかのような素振りを見せていたが、突然腹を抱えて笑い始めた。
「あっはははっ、ごめんごめんメフィウス、相変わらず元気そうだねぇ」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇよ、なんでこんな事がまかり通ってやがる」
「ふざけるも何も、グランバースのギルドマスターが不運の事故でお亡くなりになられたから、我ら「スピネルハート」が一役買っただけじゃないか」
「誰が死んだってぇ?」
俺はプリンスに歩み寄ると、奴はまるで近寄るなと言わんばかりに手を突き出してきた。
「まぁまぁ、そう荒ぶらないでよメフィウス、もう全部終わったんだ。君の事だからすでに分かってるだろう?」
「あぁ、ギルドマスターの特権が使えなくなってやがる」
「そうだ、女神は新たなギルドマスターに全能の祝福をお与えになった」
「一体どうやった?」
「君の部下にはずいぶんな野心家がいてね、彼がうまく主導してくれたよ」
「名前を言え」
「言う訳ないだろう、彼がかわいそうだ」
「そうか、男か」
俺の指摘にプリンスは目を見開いて「しまった」といった様子でうちに手を当てたが、その表情は気味の悪い微笑みを見せていた。
「おっと、まぁいいじゃないかそんな事」
「全能を奪えば俺をどうにかできると思ったか?」
「まさか、でも祝福が無いというのは不便だろう?」
「ちっ・・・・・・ところで、俺の部下共はどうした?」
「あはは、ようやく部下の話をし始めるあたり、君の部下への扱いはやはり良くなかったようだね。どおりで計画がうまくいったわけだ」
プリンスは笑いながらそんな事をつぶやき、周囲の取り巻きもそれに釣られて笑っていやがった。
「うるせぇ、とっとと答えろっ」
「安心しなよ、彼らはちゃんと生かしてある。何しろ今回の作戦の功労者だからね。ただ、一部の人間には適切な処理をさせてもらったよ、計画の邪魔だったからね」
「・・・・・・」
「君を慕う輩も多少はいたらしい、よかったね」
「下衆が」
「お互い様だろう、それに大半のギルドメンバーは生まれ故郷に帰れ言っておいたよ、彼らも納得してくれた、ちゃんと帰郷資金も渡したんだよ?」
「もうどうでもいい、てめーはここで始末する」
「あははっ、君の力は十分理解しているつもりだよ。そしてそれに対抗できる戦力も備えている」
プリンスの側近共はどれも鍛え抜かれた戦士達がそろっており、そいつらはプリンスの前に立ちはだかって俺を邪魔しようとしてきた。だが、奴はそれらを下がらせて俺のもとへと歩み寄ってきた。
「なぁやめようメフィウス、君と僕とじゃ勝負にならないだろう?」
「なにぃ?てめぇと俺が勝負にならないだと?」
「もちろん僕が圧勝するという意味じゃない、僕だってそこまで馬鹿じゃないからね」
「俺から奪えるだけ奪って、それで済ませるつもりか?」
「いいかいメフィウス、これは世界のためだ」
「は?なんだいきなり」
「力の分散は世界に混沌を招く、だから、我々の様な選ばれし人間が世界をコントロールし、よりよい方向へと持っていく必要があるんだ」
「いきなり、意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇよっ」
「要するに、この先の世界で君の様な乱暴者は必要ないと判断したんだ。女神もそれに納得された、ただそれだけの話だよ」
「おい、言いてぇことはそれだけかプリンス?」
俺は静かに拳の握り、プリンスとの間合いを確認した。
「この現実を甘んじて受け入れるんだメフィウス。君は世間的に死んだ、だが、これはチャンスなんだ。これまでの過ちを認めよりよい人間になって世界をより良くしていこうじゃ」
「オラァッ!!」
俺は、説教くせぇ聖人気取りのバカ野郎の横っ面を、思い切り殴り飛ばした。
最高に良い気分であり、これまでのうっぷんが一気に晴らされた気分の中、数メートルは吹き飛んだであろうプリンスは平然とした様子で頬を撫でながら立ち上がった。
「お前は昔から変わらないな、メフィウス」
「変わるつもりなんてねぇ、奪われたなら奪い返すまでだこの野郎、覚悟しとけよ」
プリンスは相変わらずの笑顔だったが、その薄く開かれた目には間違いなく怒りの火がともっていることを感じたのだが、奴はすぐにその火を消すかの様にため息を吐いた。
「・・・・・・そうか、じゃあ話を戻そう、君の後任は理性的で実に優秀な人材だ。彼ならきっと以前よりも「全能の力」を用いて世界を良い方向へと導いてくれるはずだ」
「黙れ、コソ泥ギルドがよ」
「なんと言われようが世界は僕を欲している、そして君は拒絶される運命だという事だ」
「知ったこっちゃねぇな、好きに生きて何が悪い、世界はてめぇらだけのものじゃねぇだろ」
「いいかいメフィスト、君のその感情的な部分は直すべきだ」
「おい、また説教か?」
「違う忠告だ、そうじゃないとまた痛い目を見る事になるぞ」
「おいおい、また俺の暗殺計画でもたてるのか?」
「これはもう、決まったことなんだ・・・・・・」
そう言うと、プリンスは護衛を連れてギルド本部を後にしていった。
でかい口を叩いたものの、あいつの言う通りここでやりあった所で決着をつけることも出来ない。おまけにあいつの様子からしてどうにも諸悪の根源は他にいるような気もしやがる。
何もかもがわからない中、すでに俺という存在は世界から切り離され、存在しないことになっているという事にわずかな苛立ちと寂しさを感じていた。
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