第5話 ハートの陰謀
面倒を済ませたところで、そばかす女の様子を見てみると、そいつはしぶとく生きており俺に向かって助けを乞う手を伸ばしていた。
「わ、私、まだ死にたくないですぅ」
「・・・・・・」
涙と鼻水を流す不細工なそばかす女はもういっその事、ここで野垂れ死んだ方がましなくらいに衰弱していた。
男に捨てられ、自暴自棄になってダンジョンに来るような奴は死んでも文句は言えねぇ。
だが、こいつに使い道がある以上このまま死なすのはもったいない。そう思ってしまった俺は、情けの治療を施してやる事にした。
俺が知り得る限りの回復魔法をいくつか試してやると、そばかす女は次第に落ち着いた様子で楽に呼吸をするようになり始めた。
やがて女は眠るように目閉じ、心地よさそうに大きな寝息を立て始めた。
それにしても、この程度の毒で俺を始末できると思ってるとは、ことごとくなめられたもんだ。
だが、俺に対する暗殺が画策されている事実に、いち早く地上に戻りたくなって体がうずいてきた。しかし、そのためにはまず、この雑魚共の荷物をすべてかっさらうのが先決だ。
そうして、俺を襲ったやつらの荷物を確認していると、いやでも目に留まるものを発見した。
それは眼鏡の冒険者が身に着けている悪趣味なネックレスだった。
ハートに茨が巻き付いた造形をした銀のネックレス。それを見つけた瞬間に俺の脳裏にあの醜い男の顔が思い浮かんだ。
あいつがこの雑魚共を寄越した奴の目的は分からないが、地上に戻った時に真っ先にやるべきことを見出した。
そして、床とキスしている奴らから物資を手に入れた後、再びそばかす女を背負い、地上への道を進む事にした。
もうこれ以上の厄介事はいらねぇ。
そう思いながらただひたすらに階段を見つけては駆け上がるつもりだったのだが、ちょうど階段前で騒がしい声が聞こえてきていた。
目の前では、すさまじい数の魔物と戦闘を繰り広げる女戦士の姿があった。おそらく巨人族と思われるその女は、何故か涙を流しながら魔物と戦闘を繰り広げており、何やら叫んでいた。
「どうせっ、私みたいなデカ女はっ、ただの戦闘員でしかないんだぁっ!!」
そんなことを言いながら、斧を振り回して傷だらけで魔物と戦う姿は勇敢ではあったが、彼女の体に刻まれている傷跡や消耗している様子からして、そう長くはもたない戦いであるのは明白に思えた。
せっかくの透明化と消音でこの場を切り抜けられると思ったのだが、階段の前で戦闘されたら邪魔で上がれやしねぇ。
そして、その間にも巨人女は魔物との戦闘に明け暮れながら独り言をつぶやいていた。
「あの人はっ、華奢で知的で守りたくなるようなっ、愛嬌を持った木の枝みたいな女の方がいいんだぁっ、私みたいな女は恋愛対象にすらならないんだぁっ!!」
ちっ、いつからダンジョンは失恋した奴の墓場になりやがったんだ。
そんな、二人目の失恋女に出くわしながらも、巨人女は失恋のショックからか、次から次へと魔物をなぎ倒しており、その様子はまさしく鬼神の如き強さだった。
しかも、ついにはあれだけいた魔物をすべて倒してしまった巨人女は、その場で仁王立ちをしながら肩で息をしていた。
体からはすさまじい熱気を放っているのか、白い湯気が立ち上っており、頭部に生えた角や、鋭い牙をむき出しにする様子はまるで魔物の親玉の様にしか見えなかった。
だが、そいつのおかげで面倒な魔物の障壁を回避できるのは助かった。
そう思いながら巨人の女の横を通り抜けて階段を上ろうとしていると、巨人女が俺に向かって手を突き出してきた。それはまるで透明化している俺の体を認知しているような動きであり、俺はそのまま巨人女によって体を掴まれた。
あまりにも突然の行為に焦っていると、巨人女はとぼけた様子で首をかしげていた。
「あ、あれ私、今何か掴んでる?」
自覚無き行動、まさしく脳筋女らしい行動は、俺が最も嫌いとする直感型の存在であり、俺はすぐさま透明化の魔法を解除した。
「おい、離せ」
「うわ人間・・・・・・って、やだ、すごいかっこいい人っ」
巨人女は口元を手で覆い隠しながら女々しい声を上げた。さっきまでの迫力はどうしやがったんだこいつ。
「おい、離せっていってんだろっ!!」
「あんっ、ごめんなさい」
巨人女は妙に媚びた声を上げながら俺の体を優しく地面に下ろした。
そうして、ようやく地面に降りることが出来た俺は、再び透明化の魔法をかけようとしたのだが、それが発動する事はなかった。
「・・・・・・なんだ、何が起こってやがる」
まさか、この巨人女が俺に何かしやがったのか?
そう思いながら巨人女を見つめていると、そいつはどこか恥ずかしそうに身なりを整え始めた。
「あ、あの、どうかされましたか?」
「何でもねぇよ、じゃあな」
「あっ、ちょっと」
まぁいい、この階層までくれば透明化が無くてもすぐに地上に戻れる。そう思ってダンジョン内を歩いていたのだが、俺の後方にはさっきの巨人女が後をついてきていた。
その様子に俺はついつい口を出したくなった。
「おい、なんでついてきてんだよっ」
「わ、私も地上に帰る所でしたので」
「・・・・・・そうか、じゃあ俺の前を歩け」
「え、はい」
巨人女は俺の前にでて、歩き始めたのだが、その巨体は何もかもが規格外であり、特に目の前でゆさゆさと揺れる巨人女の決はだらしなく、目障りだった。
「でけいケツだな」
「あ、いやん、見ないでください」
巨人女はケツを隠しながら恥ずかしそうにし始めた。その様子は俺がさっき見た奴とは思えないほどの別人ぶりであり、どうにも納得がいかなかった・・・・・・まさか二重人格か?
「やっぱり俺の前を歩くな」
「あ、はいっ」
巨人女は再び俺の後ろを歩き始めた。そうして、ダンジョンを駆け上がっていると、魔物の群れに出くわした。どうにも今日は魔物の数が多いな、それに冒険者の姿もほとんど見えねぇ・・・・・・何かがおかしい。
そう思っていると巨人女が俺に話しかけてきた。
「あ、あの魔物、私が退治しましょうか?」
「黙ってろ、俺がやるに決まってんだろ」
透明化の魔法が使えなくなった件が気になっていた俺は、他の魔法にも影響が出ているかもしれないと思い、適当に魔物の相手をしながら、あらゆる魔法を試し打ちしてみた。
すると、高位の魔法が軒並み使用できなくなっている事に気づいた。
だが、この階層の魔物程度なら持ち前の各種攻撃魔法で一掃することが出来たのだが、どこか後味の悪い状況に俺は苛立ちが募っていた。すると、そんな俺の側で巨人女が話しかけてきた。
「あの、お強いんですねあなた」
「当たり前だろ、俺はギルドマスターだぞ」
「あ、そうだったんですね、すみません失礼な事を聞いて」
「いいかお前、ついてくるなら、俺の後ろを黙ってついてこい余計な事はすんな」
「そ、それってつまり」
「あぁん?そのままの意味だ、口答えすんな」
「はっ、はいっ」
強い女だが返事はいいしこいつも従順な女だ。まぁ、俺を前に従順じゃない女はいないか。
ともあれ、その後は面倒ごとに巻き込まれることも無く、俺はようやくダンジョンの入り口に到着した。
地上とダンジョンの境界である大きく強靭な扉を目の前にして、長かった遭難も終わりかと思っていると、巨人女が話しかけてきた。
「あの、私が開けましょうか」
「黙ってついてこいって言っただろ、なんでお前は何でもやりたがるんだっ」
「すみません、つい癖で」
せっかく帰ってきた地上への扉だ、俺が開けない理由などない。そうして、俺は地上への扉を開いた。
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