第17話:美しさの通り道──Joe CockerとJames Bluntを巡る感情の往復

美しい人が目の前にいる──


ただそれだけで、世界が満たされた時代が、確かにあった。


Joe Cockerが歌った『You Are So Beautiful』は、そんな時代の象徴だと思っている。


ピアノと、かすれるような低い声だけで、彼は一言を繰り返す。


“You are so beautiful… to me.”


まるで、祈りのように。


そこにいること、それだけで奇跡。触れなくていい、ただ見ていられれば十分──


そんな愛の形が、あの頃には確かにあった。


この曲を聴くと、時代そのものが静かだった気がしてくる。


音も、感情も、人の距離も。


大切なものほど、遠くに置いておくことが美徳だった、そんな空気。


-------


それから30年が過ぎて、James Bluntが『You're Beautiful』を歌った。


電車の中、目が合った瞬間の美しさに心を奪われて、


そして──自分には手に入らないことを悟って、静かに引いていく男の歌。


“You're beautiful. You're beautiful. You're beautiful, it's true...”


“I will never be with you.”


ここには、“欲しいのに届かない”という痛みがある。


彼女は誰かの隣にいる。

自分には手が届かない。

それでも、目が合ってしまった。


そこにあるのは、憧れと現実のズレ、その場から動けない現代人の孤独だ。


この曲をギターで練習していた頃、


そんな想いを本当に理解していたかは分からない。


けれど今は、あのラストの一行に妙な潔さを感じてしまう。


--------


思えば、僕はどちらの時代も生きてきた。


遠くからそっと見つめていられる時代も、近づこうとして、すぐに壊れてしまう時代も。


どちらの気持ちも、いまはよくわかる。


Joe Cockerは、相手を神格化した。


James Bluntは、同じ高さで届かないまま終わった。


どちらも、“美しさ”に心を動かされた男の歌だ。


だけど──


一方は感謝で終わり、もう一方は未練を抱えて終わる。


それが、時代というものかもしれない。


今、誰かを美しいと感じたなら。


遠くからでも、そっと見つめていられるだろうか。


それとも、手を伸ばして──すぐに、手放してしまうのだろうか。


どちらにせよ。


心が動いた瞬間、その人はもう、自分の記憶のなかで永遠になる。


そして、僕の若い頃。


James Bluntの刹那に自分を重ねた。


でも今は、Joe Cockerの祈るような声が、胸に静かに沁みてくる。


“美しい”と思うことは、ただ見つめることから始まってもいい。


そう思える年齢になったのかもしれない。

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