第16話:愛の輪郭を描く二つの歌──God Only Knows と Here, There and Everywhere
2003年、映画『Love Actually』のラストで、「God Only Knows」が流れたとき、不意に涙が出そうになった。
再会と抱擁が繰り返される空港ロビーの風景に、あの浮遊するような旋律が重なる──それだけのシーンなのに、どうしようもなく胸が熱くなった。
それが、僕の中における、The Beach Boys熱の再燃だった。
翌年の冬、ゴールドコーストへと向かう新婚旅行に持っていった音楽は、彼らのアルバムばかり。
「Surfin’ U.S.A.」「Kokomo」──そして「God Only Knows」。
南半球の真夏の海に、60年代の音がやけに似合っていた。
でも、「God Only Knows」だけは、何かが違った。
浮かれたビーチミュージックとは遠い場所で、この曲は“祈り”のように響いた。そして僕の願いでもあった。
“God only knows what I'd be without you.”
神しか知らない──というその言葉の裏に、愛の絶対性と、儚さが同居している。
ブライアン・ウィルソンがあの若さでそこまで到達していたことに、遅れて知る驚きと畏怖。
愛をただ肯定するのではなく、失われる可能性とともに抱きしめようとする姿勢。
だからこそ、この曲は「人生で最も美しいラブソング」と言われ続けている。
--------
対して、ビートルズの「Here, There and Everywhere」は、もっと静かで、もっと個人的だ。
この曲を初めて“意識して”聴いたのは、ずっと後だった。
けれど、実際には子どもの頃から、知らず知らずのうちに耳にしていた。
家にはレコードがあり、それが自然だった。
朝の光、誰かの笑い声、寄り添う背中
──「君がいる」ということだけで、日常がやさしく整うような曲だった。
僕の書く'男女の物語'。
その最終回には、いつもこの曲が流れている。
『男と女』『カタリナ坂で会いましょう』──
本当は、どんなエンディングも、この旋律の余韻で閉じたいと思う。
愛が激しく燃え上がる必要はない。
一緒に息をして、一緒に朝を迎える──そんな静かな幸福にこそ、心を重ねたい。
「神のみぞ知る」ような愛と、「そこに君がいる」だけの愛。
表現は違えど、どちらも同じ場所にたどり着こうとしている。
それは、誰かと生きていくという、奇跡のような時間の尊さだ。
ブライアン・ウィルソンとポール・マッカートニー。
二人の天才が、遠く離れたところから、まるで応えるように作ったこの二曲は、僕の中でずっと対になっている。
そして、どんな物語よりも、僕に「愛の輪郭」を教えてくれたのは、この曲たちだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます