第4話 初めて作るポーション
「……うそ」
リーナの唇から、か細い声が漏れた。
彼女は目の前に広がる光景が信じられないといった様子で、何度も目をこすっている。無理もない。ほんの数分前まで、ここは枯れ果てた不毛の地だったのだ。それが今や、生命力に満ち溢れた月見草の白い花々で埋め尽くされている。
「あなたは……一体、何者なんですか……? もしかして、森の精霊様……とか?」
真顔でそう尋ねてくるリーナに、僕は思わず苦笑してしまった。
「僕は精霊なんかじゃないよ。ただの、植物が好きな旅人だ」
「でも、こんなこと……! まるで、奇跡です……!」
「奇跡じゃない。ここに眠っていた種が、リーナさんの想いに応えてくれたんだ。ほら、この薬草は君が見つけた種から育ったんだから、君のものだよ。おばあさんのために、早く収穫しないと」
僕はそう言って、彼女に薬草カゴを手渡した。
リーナは恐る恐る、といった様子で月見草の茂みに近づき、その一枚の葉にそっと触れた。
「すごい……葉が、こんなに厚くて、瑞々しい……香りも、今まで嗅いだことのないくらい、強い……」
彼女は薬師見習いとしての目で、僕が育てた月見草の異常なまでの品質の高さに気づいたらしい。瞳をキラキラと輝かせ、夢中になって月見草を摘み始めた。その姿は、先ほどまで膝を抱えて泣いていた少女とはまるで別人だった。
あっという間に薬草カゴは満杯になった。リーナは満面の笑みで、何度も僕に頭を下げた。
「ありがとうございます、ダイチさん! 本当に、ありがとうございます!」
「どういたしまして。さあ、村に戻ろう。おばあさんが待ってる」
村へ戻る道中、リーナは興奮冷めやらぬ様子で、僕に矢継ぎ早に質問を浴びせてきた。どうしてあんなことができるのか、他にどんな植物を育てられるのか、など。僕は「家伝の秘術のようなものでね」と適当にはぐらかしたが、彼女の僕を見る目は、尊敬と憧れの念で満ち溢れていた。
やがて、リーナの家にたどり着いた。村の他の家と同じく、小さくて古い石造りの家だったが、玄関先には可愛らしいハーブが植えられた鉢が並んでおり、彼女の家であることがすぐに分かった。
家の中は、様々な薬草の入り混じった、清潔で心地よい香りがした。
「おばあちゃん、ただいま! すごい薬草が手に入ったの!」
リーナが駆け込んだ薄暗い部屋の奥には、小さなベッドが一つ置かれていた。そこに、一人の老婆が横になっていた。リーナの祖母、エルマさんだろう。彼女は苦しそうに肩で息をし、時折、乾いた咳を漏らしている。
「リーナかい……。そんなに大声を出さんでも、聞こえてるよ……ゲホッ、ゲホッ……」
「ごめんね、おばあちゃん。すぐに、すごく効く薬を作ってあげるからね!」
リーナはそう言うと、家の片隅にある作業台で、早速薬作りを始めた。
石臼で月見草を丁寧にすり潰し、鍋で水と一緒に煮詰めていく。その手際は非常に滑らかで、迷いがなかった。ダリオさんは「薬師見習い」と言っていたが、彼女には確かな知識と技術がある。ただ、これまではその腕を振るうための『材料』が、圧倒的に不足していただけなのだ。
やがて、琥珀色に輝く、美しい煎じ薬が完成した。
普段リーナが作るものとは明らかに違う、澄んだ色と濃厚な香りに、彼女自身が一番驚いていた。
「できた……こんなに綺麗な色の薬、初めて……」
リーナはその薬を木の椀によそい、ベッドサイドへ運んだ。
「おばあちゃん、飲める?」
「ああ……。お前の作ってくれた薬なら、何でも飲むさ……」
エルマさんはゆっくりと体を起こし、リーナの手を借りて、その薬を一口飲んだ。
その瞬間、エルマさんの目が、わずかに見開かれた。
「……おお……」
薬が、まるで温かい光のように、喉から胸へと落ちていくのが分かった。長年彼女を苦しめてきた胸のつかえが、すっと消えていく。あれほどしつこかった咳が、嘘のようにぴたりと止まった。
「……咳が、止まった……? 息が……楽だ……」
エルマさんは信じられないといった様子で、何度も深呼吸を繰り返した。その顔には、みるみるうちに血の気が戻ってくる。
彼女は椀に残っていた薬をすべて飲み干すと、穏やかな表情で、再びベッドに横になった。そして、数分もしないうちに、安らかな寝息を立て始めた。ここ数ヶ月、病の苦しみでまともに眠れていなかったのが嘘のようだった。
その様子を見ていたリーナの瞳から、再び涙が溢れ出した。しかし、それは先ほどまでの絶望の涙ではなかった。喜びと、安堵の涙だった。
彼女は僕の方へ向き直ると、その場に崩れるようにして、深く、深く頭を下げた。
「ダイチさん……! ありがとうございます……! 本当に……これで、おばあちゃんは助かります……!」
床に落ちる彼女の涙の雫を見ながら、僕は、この世界に来て初めて、心の底からの満足感を覚えていた。
誰かのために自分の力を使うこと。それが、こんなにも温かい気持ちになるものだとは知らなかった。ブラック企業で自分をすり減らしていた頃には、決して感じることのできなかった感情だった。
その夜、僕は宿屋に戻ると、カウンターで帳簿をつけていたダリオさんに話しかけた。
「ダリオさん。お願いがあるのですが」
「ん、どうしたダイチ。改まって」
「僕を、この村にしばらく置いてはもらえないでしょうか。そして、村の片隅でいい。使われていない土地を借りて、畑をやらせてもらえませんか?」
僕の真剣な申し出に、ダリオさんは驚いたように目を見開いた。
彼は今日リーナが、孫娘のように可愛がっているエルマさんの病を治したと聞き、僕に深く感謝していた。彼は豪快に笑うと、僕の肩を力強く叩いた。
「なんだ、そんなことか! お安い御用だ! リーナと婆さんを助けてくれた大恩人のお願いとあっちゃあ、断れるわけがねえだろう! 畑なら、村の裏手に使ってねえ土地がいくらでもある。好きなだけ使うといい!」
こうして、僕は異世界の辺境の村に、自分の居場所を得た。
緑川大地の社畜人生は終わり、これからは、大地と共に生きる農夫としての人生が始まる。
僕の異世界スローライフは、確かな一歩を、今ここに記したのだった。
地味スキル【植物栽培EX】で始める辺境スローライフ ~追放された薬師少女と、神級ポーションで伝説になります~ @natuyume_mituki
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