第41話 商業ギルド
再びカレドニアの街を歩くディラン。
彼は今、露店が集まる通りに足を運んでいた。
「傭兵ギルドの登録は済んだし、次は迷い人の伝承について調べるために商業ギルドへ向かう……が、その前にだ」
お腹をさすりながら、食べ物を売ってる露店を見て回る。
「美味い飯を探す!」
昨日の夜から楽しみだった、美味しいご飯探しに勤しもうとしていた。
「とは言え、だ……この世界の食べ物事情はあまり分かってないんだよな。パンと肉、野菜みたいなもんは見た目で何となくわかるんだが」
露店に並ぶ食べ物を見つめながら、これは何の肉で、どんな味なのかなど想像する。
パンに野菜と肉を挟んでいるものや、小さい容器に細長い麺を詰め込んだもの、エルデリアでも食べた串焼きみたいなのも店に並んでいた。
「くんくん……いい匂いだ、いっそのこと全部買っちまうか」
ディランは小金貨一枚を握りしめて、初めてのお買い物へと向かった。
正直、これだけの軽食を購入するのに小金貨一枚を出す輩はいないのだろう。店の人には少し嫌な顔をされてしまった。
「手持ちが小金貨しかないのよ……」
買ったものは、パンに野菜と肉を挟んだ『サンドウィッチ』と小麦から練った麺を焼いた『焼きそば』、それに串焼きと果汁水で、合計小硬貨二十枚。
それぞれ小硬貨三〜七枚ほどで、お釣りは大硬貨が九十九枚に小硬貨八十枚となった。
「まぁ、細かい硬貨に両替えできたし良しとしよう」
露店の前に並ぶ長椅子に腰掛け、さっそく手に入れた食事にかぶりつく。
「はむ……うん、このサンドウィッチっての、美味いな。パンの中に具材を挟んでタレをつけるだけでなかなか……こっちの麺料理は、う〜ん良い匂いだ」
イスフィールではあまり食べたことのない料理に舌鼓を打ちながら、ペロリとたいらげる。
「ふぃ〜満腹だわ〜、他にも色々ありそうだし、その辺もこれから開拓していくとするか」
お腹をポンポンと軽く叩いて立ち上がると、商店街の方へと視線を向ける。
「ん?あれは……」
何気なく目を向けた先に、見知った顔の二人組を見つけ、声をかけに行く。
「よう、シオンとリィンも買い物に来たのか?」
「あ、おっさん……」
「ディラン?こんなとこで何してるの?」
二人とも、大量の買い物袋を小さな荷台に積んで歩いていた。
「俺は、傭兵ギルドに登録してきたんだよ。んで、少し遅めの朝ごはんをいただいたところでな……その荷物はどうしたんだ?」
「え、これ?」
「……研究に使う道具、らしい」
シオンが答えるよりも先に、リィンが小さく呟くように教えてくれた。
「研究って、誰のだよ?」
ディランの問いに、『ふふ〜ん』と胸を張りながらシオンが向き直る。
「ふふん、あたしの研究に決まってるでしょ」
シオンは胸を張って、荷台の上の袋をポン、と叩いた。
袋の中には、金属の筒やガラス瓶、薬草の粉末らしき袋……どう見ても、素人の買い物とは思えない。
「お前の研究って……まさか俺が言った、魔力を薬に流し込むってやつか?」
「そうよ、実験してみようって思ってさ。出来ることは試してみたいのよ」
シオンは得意げな笑みを浮かべる。
その横でリィンは、荷台が崩れないようそっと手を添え、小さくため息をついていた。
「まったく……旅に出る話しはどうなったんだか」
「いいじゃない別に、リィンもホルンも泊まる家ができたんだから」
その様子にディランは苦笑しながらも、どこか感心したように眉を上げた。
「にしても、研究ってどこでやるんだ?まさか宿屋でやるわけにもいかないだろ」
「あ、それなんだけどさ」
シオンが指を一本立て、声をひそめる。
「アルフテッドさんがね……研究室、貸してくれるって言うのよ」
「……は?」
思わず間抜けな声が漏れた。
「いや、研究室を貸してくれるって?」
「あの人、思ったより話が分かるのよ。『救える命が増えるなら協力する』って言ってさ」
「……それで、俺とホルンもその研究室に一緒に住むことになった」
リィンが静かに補足する。
「ホルンもって、大丈夫なのか?街の中だろ?」
「まぁ、最初はどうなるかと思ったけど……教会襲撃の時の活躍と、ホルンのおとなしい性格なら問題ないだろうってことで許してもらったのよ」
「確かに、人の言葉も理解してるみたいだし……心配ないとは思うが」
「……極力、研究室からは出ないようにしてる」
リィンは少し複雑そうな表情でそう告げた。
(リィンの村じゃ、恐れられて剣を向けられたって言ってたしな……)
「まぁ、とにかく。研究室はこの先の通りを抜けたところにあるから、あなたも暇だったら来てよ」
シオンがひらひらと手を振る。
その後ろでリィンも小さく会釈する。
「わかった。迷い人の伝承を調べたあとに、顔出しに行くわ」
「ええ、それじゃあね」
そう言って、二人はゆっくり街の奥へと歩いていった。
ディランはその背中を見送りながら、そっと息を吐く。
「リィンとホルンも、街に馴染めるといいが……とりあえず、俺は迷い人について調べに行くとするか」
その言葉とともに、ディランは再び商業ギルドの建物へと歩き出した。
――カレドニア中央区、商業ギルド前
「ここが商業ギルドか、硬貨の紋様と同じ建物だから間違いないはずだが……まぁ、入ってみるか」
人の流れをかき分けながらギルドの中へと足を踏み入れると、自分の服装が場違いなほど浮いていると感じた。
「武器とか持ってるやつがほとんどいないな。皆、着飾ってるって言うか……」
キョロキョロと周りを見渡しながら受付へと辿りつくと、ビシッと礼服を身に纏った男性が声をかけてきた。
「ようこそいらっしゃいました。本日は当ギルドにどういった御用でしょうか?」
男は、ディランの格好を気にする素振りも見せず丁寧に御辞儀をした。
「ああ…っと、申し訳ない。少し調べものをしたくて、ここなら色んな文献や資料を見せてもらえると聞いたんだが」
「かしこまりました。資料の閲覧を御希望ですね……それでは、一般に解放されている資料室へ御案内いたしましょう」
そう言って、受付の男性はディランを資料室まで案内する。
二人は受付の横を通り抜け、少し開けた部屋に入ると、そこには棚一面に様々な書籍が並んでいた。
「どうぞ、こちらにあるものでしたら御自由に見ていただいて構いません。ただ、こちらの資料を持ち帰ることや貸し出しすることは出来ませんので、御了承をお願い致します。では、お帰りの際にまた声をかけてください」
彼は深く御辞儀をすると、丁寧な所作で受付へと戻っていった。
「……さて、お目当ての資料はどこだろうな」
とりあえず、手近な棚の本を見て回る。
(ふむ……『商売の心得』、『カレドニアの歴史』、『言葉より行動にこそ価値はある』……)
「色んな題名の本や資料がおいてあるが、まずはこれと……これも読んでみるか」
数多く並ぶ書籍や資料の中から、カレドニアの歴史や迷い人に関して記載されてそうなものをいくつか手に取って、部屋の壁際にある椅子に腰掛ける。
――調べること二時間、部屋の壁にかけられている時計を見ると、十二時を指していた。
「もうこんな時間か」
(調べちゃみたが、迷い人の伝承やカレドニアの歴史についてわかったことは二つ……一つはこのカレドニアを創設者について)
「名はカルディナ・ローレンス、商業都市建設当時の記録からも彼女の持つ商才や知識は、この世界の常識を逸していたとある」
(だが、気になるのは彼女の名前だ……ローレンス、この世界において名前持ちは特別な意味を持つと言っていた)
「確か、カレドニアを創設した偉人に倣い、大きな功績をたてた者に名を与える風習が根付いたとフラムが言ってたし……他の文献にも同じようなことが書いてる」
(いわば、この世界における初めての名前持ちがこのカルディナ・ローレンスという可能性が高い)
「そんで、二つ目は迷い人についてだ……この伝承が広まったのも、この商業都市カレドニアの創設後から。俺の推測通りなら、創設者であるカルディナが迷い人なのかもしれんが……」
ディランは資料をペラペラとめくりながら、パタンと本を閉じる。
「だが、どこを調べてもそのことについては書いてないんだよなぁ」
『ふぅ……』とため息を吐きながら椅子の背にもたれかかる。
「一般に解放されてる資料じゃ、見せられないってことなのかねぇ?」
これ以上調べても進捗は得られないと判断し、資料を片付けて部屋を出た。
(フラムに相談してみるか……いや、あのカティアってお嬢さんともう一度話しをしてみるか)
ディランは迷い人の伝承についてカティアと話ができないかギルドの受付へと向かった。
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