第40話 傭兵ギルド②

 ――傭兵ギルドで登録を済ませ、掲示板を眺めるディランは、そこで当初の目的を思い出した。


「いかんな、まずは伝承について調べないと……」


 すっと、後ろへ振り返ると、先ほどの受付嬢が小走りでディランのもとへ向かって来ていた。


「ディランさん、申し訳ありません!あの、子供たちの捜索依頼の報酬をお渡しするのを忘れていました」


「捜索依頼の?」


 (そういえば、推薦状にそんなことも書いてたな)


「俺一人で解決したわけじゃないし、報酬なんて……」

「それは、実行犯や事件の規模も鑑みて、アルフテッド様…カレドニア警備隊からの報奨という形になっていますので」


「あ〜確かに警備隊の捜索協力って形で動いてたからな」


「では、すぐに用意いたしますので、受付の横でお待ちください」


 受付嬢の案内で、さっきの受付まで戻ると、彼女はディランを椅子に座らせて奥の部屋へと姿を消した。

 待っている間、特にすることもないためギルドの中をぐるりと見渡してみる。


「動きやすい軽装の人が多いな」


 周囲にいる人たちは軽鎧に片手剣を腰に差している者がほとんどで、掲示板で依頼票を確認したり、広間の椅子に腰掛けて報酬や依頼内容について話し合っている様子がちらほらと見受けられた。

 だが、その空気を吹き飛ばすように突然、ギルドの扉が開け放たれる。


 バン!と音を立て、ギルド内の視線が一斉に入り口へと向けられた。


「あら、むさ苦しい所かと思ったけど、意外とそうでもないみたいね?爺、さっさと依頼を済ませてちょうだい」


 肩にかかる金色の髪を手で振り払いながら、若い娘がそう告げると、爺と呼ばれた白髪の老人が前へと歩み出た。


「はっ、お嬢様はこちらでお待ちください」


 この場にはそぐわない、正にお嬢様といった装いに包まれた娘がお付きの者に囲まれながら手近な椅子に腰掛けた。

 そして、白髪の老人が受付へと足を運ぶ。

 そこまでの短い距離を歩くだけだというのに、その動きに無駄が無く、その老人の纏う空気に思わず目を見張る。


 (あれは、ただの爺さんじゃないな……)


「もし、商業ギルドから護衛の依頼を出したいのですが?」


 老人が受付に声をかけると、対応した受付嬢があたふたとしながら依頼書を作成していく。

 その間に、老人は視線を感じたのか、ディランの方へと視線をチラリと向ける。

 老人と目が合い、ディランが軽く頭を下げると、彼は穏やかな笑みを浮かべながら頭を下げた。


 (商業ギルドから護衛の依頼って言ってたな……あのお嬢さんも関係、してるんだろうな)


 そんなことを考えてる間に、奥の扉から受付嬢が戻ってきた。


「申し訳ありません、お待たせしました」


 受付嬢は頭を下げながら布袋を机に置いて、それを広げる。


「こちらが警備隊からの報奨となります」


 そう言って、淡い光沢を放つ二枚の小金貨を机に並べた。

 

「小金貨が二枚、どうぞお受け取りください」

 

「二枚も?思ってたより多いな」


「子供たちの捜索依頼のみでなく、教会での騒動鎮圧に協力していただいた分も含まれているそうです」


「あの人らしいな……律儀な人だ」


 ディランは小金貨をひとつ手に取り、光にかざしてみる。

 薄金色の硬貨に刻まれた紋様が、ほのかに輝きを返した。


「……よく見たら、しっかりした造りだ。この紋様は?」


「それは、カレドニアの象徴となっている商業ギルドの紋様ですよ」


「へぇ……商業ギルドか。そう言えばさっき依頼に来てた爺さんとお嬢さんも商業ギルドって言ってたな」


 隣の受付を見てみると、老人は依頼の申請を済ませてお嬢様のもとへと戻っているところだった。


「……え、あなた、カティア様をご存知ないんですか!?」


 受付嬢は目を見開いて驚く。


 ディランは小金貨を自分の布袋に入れ、腰の小袋へと仕舞い込む。


「その、カティア様ってのはさっきのお嬢さんのことか?」

 

 ディランは立ち上がり、受付嬢に訪ねる。


「そうです!このカレドニアの創設者でもある、ローレンス家の御息女ですよ?この街で知らない人はいませんよ」


「そうなのか?創設者ってことは、この街の歴史とか伝承にも詳しいのか?」


「?それは、詳しいと思いますが……」


 この男は何を言ってるんだと言わんばかりに、彼女は首を傾げる。


「それじゃ、その商業ギルドに行ったらそういう話とか資料とか見せてもらえるかもしれんな」


「はぁ、ギルドの受付で資料の閲覧はさせてもらえるかと思いますが……」

 

 その直後、再び扉の方でざわめきが上がる。

 見たところ、商業ギルドから来たという"お嬢様一行"が、ギルドから出ようとしたところで……何やら揉めているようだった。


「おいおい、こんなところに金持ちのお嬢さんが何のようだってんだよ?冷やかしかぁ?」


 いかにも柄の悪そうな輩とギルドの入り口で鉢合わせてしまったようだ。


「ふぅ、わたくしは依頼を申請しに来ただけよ。早く道を開けてくださる?」


 カティアはその男に臆する様子も見せずに言葉を返した。

 それが気に入らなかったのか、男は額に血管を浮き出しながら彼女に近づこうとした。


「ああん?」

 

 その瞬間、お付きの護衛二人が間に入り、あの白髪の老人が静かに腰へ手をかけた。


(……あれは、剣?)


 そう直感した瞬間、ディランの胸の奥で小さな警鐘が鳴った。

 そして、老人が剣を抜き放つ瞬間、凍りつくような殺気が放たれる。


「……っ!」


 ディランは咄嗟に盾を掴み、加速した。


 老人の剣が、男の首に触れる間際、ギルドの中で風を裂くような衝撃とともに甲高い金属音が鳴り響く。


「……ほぅ」


 老人も流石に驚いた様子で、言葉を漏らす。


「こんなところで剣を抜くのは、いささか物騒じゃないか?」


「ふむ、どなたかは存じませんが……ローレンス家に対する不遜な態度を見過ごすわけには参りませんので」


 そう言いながら、流れるように後ろへ数歩身を引いた。


「お、おい、何だよいきなり!テメェは誰だ?」


 一方、男は何が起きたか分からず、急に目の前に現れたディランに困惑した様子を見せていた。


「はぁ…俺はただの通りすがりだが、おたくが絡んだ相手はローレンス家のお嬢さんだぞ?」


「ろ、ローレンス家だと!?なんでこんなとこに!」


 街の創設者たるローレンス家の人間がここにいるという事実に、男は更に狼狽える。


「あ、いや……ローレンス家の方とは思わず、申し訳ありませんでした!そ、それじゃ、俺はこれでっ!」


 そう言い残して入り口から走り去る男に、カティアは冷たい視線を向ける。


「品のない……ローレンス家の者でなければどうしたのかしら?」


 小さく呟くと、カティアはディランへと向き直る。


「あなた、面白い動きをするのね?いったいどうやってるの?」

「そうですね、一瞬でここまで距離を詰めたように感じましたが」


 二人は人間離れしたディランの動きに興味を示す。


 (咄嗟に身体強化を使っちまったが、どうしたもんか)


「あ〜っと、これは……そう、特殊な装備で」


「特殊な装備、魔獣の素材を使っているということでしょうか?」

「この街でそんな装備は商標登録されていたかしら?てっきり、魔法でも使ったのかと……」


 二人が思案しながら話している中、カティアの口から気になる言葉が飛び出す。

 

「魔法……」


「あら、あなた魔法をご存知なの?」


「え、あ〜……魔法って何だろうと思ってね」


「魔法に興味がありますの?わたくしも色々な文献を紐解いて調べているの、このカレドニアの創設者も魔法……」

「お嬢様、そろそろ」


 カティアの言葉を遮るように老人が声をかける。


「う……こほん、そうね、少し羽目を外しそうになりましたわ。あなたも過去の文献に興味がお有りでしたら、是非商業ギルドへいらして」


「は、はぁ……」


 (カレドニアの創設者、魔法……迷い人の伝承とも関わりがありそうだな)


「商業ギルド、行ってみるか」


 お嬢様御一行の後ろ姿を見つめながら、ディランは再び街へと繰り出した。

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