第39話 傭兵ギルド

 ――商業都市カレドニアに到着し、ようやく新たな生活へと足を踏み入れたディラン。

 その生活拠点としてフラムに紹介してもらった宿『種火の燭台』に泊まっていた。


「ふぅ、久しぶりにゆっくり休めるな」


 どさっと荷物を床に置き、ゆっくりと部屋の中を歩きながら、どこに何があるのかを見てまわる。


「スウェードの宿と似てるな、あの電気ってやつも備え付けてあるし……浴室まであるのか」


 ディランは浴室の中を確認していくと、気になるものを見つけた。


「何だ、これ?蛇口に赤い印と青い印がついてるが……」


 試しに水栓を赤い方に回してみると、壁に取り付けられている蛇口から水が出てきた。


「普通に水が出てくるだけ……お?」


 流れ出る水に手を当てていると、少しずつ水が暖かくなり、ディランは感嘆の声を漏らす。


「おいおい、沸かしてもいないのにお湯が出てくるとは、すげぇな……流石は商業都市。せっかくだし、浴槽にお湯を溜めて入らせてもらうか」


 しばらくして、浴槽にお湯が溜まったのを確認すると、服を脱いで湯船を覗き込む。

 立ち昇る湯気が顔を撫で、ディランはそのままゆっくりと肩まで湯に沈み、思わず息を漏らした。


「……ふぅ、極楽ってやつだな」


 肌に染み渡る温もりに、思考がゆっくりと溶けていく。

 見知らぬ森の中で目覚めてからここまで……ようやく目的地であったカレドニアに腰を落ち着けた。


「はぁ、これからどうすっかなぁ」


 そんな独り言をこぼしながら、ぼんやりと天井を見上げる。

 木造の梁が組まれた天井は、どこか懐かしさを感じさせた。


「明日は傭兵ギルドに登録に行って、そのまま何か仕事探すか……いや、迷い人の伝承について調べるのが先か」


 カレドニアに来た当初の目的は、迷い人の伝承について調べ、イスフィールへ帰る手掛かりがないかを探ることであったが……


「こっちの世界に慣れてきたしな、帰りたい理由もそんなにないんだよな……あいつらのことは気になるが」


 ディランは、自分の小隊の隊員たちのことを思い出し、あれからどうなったのかは心配だった。


「俺を捜索して、迷宮の消失とかに巻き込まれてなきゃいいが……まぁ、心配したってしょうがないな」


 湯船から上がり、身体を拭きながらディランは苦笑する。


「ふぅ、気持ち良かったぁ。今日はもう、飯食って寝るか〜」


 ゴソゴソと荷物を漁り、乾パンと干し肉を見つけて、それを噛みほぐして喉に通していく。


「ん〜、干し肉の塩味が沁み渡るぜぇ……流石にもうちょっとガッツリ食いたいな」


 大の男が食べるには、乾パンと干し肉じゃ物足りないのは当然である。

 ディランは硬貨の入った袋の紐をほどき、中を確認する。


「小金貨が六枚。確か、大硬貨六百枚分だったか?これだけありゃ、ちょっとぐらい奮発して食べても大丈夫か。シェリーもしっかり食えって言ってたし……明日は早めに出て、色々見てまわろう」


 袋の口紐を結び、壁の電気を消したら、窓の外から淡い光が差し込んでいた。

 吸い込まれるように窓から外を覗き込むと、建物のあちこちに丸い石のような物が設置されていた。


「あれは……月の光を集めて反射させてるのか?ほんと、色んなもんがあるな」


 夜の闇を照らすための工夫に感心するとともに、興味が湧きはじめる。


「他にどんなものがあるか気になってきたな……確かチュチュの店でも、ああいうの作ってるって言ってたし、時間が出来たらそっちも見に行ってみるか」


 新しい街で自分の知らない物に出会う楽しみを膨らませ、年甲斐もなく目を輝かせるディラン。


「うし、寝るか」


 そのまま寝床に潜り込むと、布団を被って目を閉じる。慣れない環境で気疲れしていたのか、思いの外早く眠りについたのだった。



 ――翌朝、窓から差し込む光に瞼をくすぐられて目を覚ます。


「朝か……っし、起きるか」


 寝ぼけ眼のまま上体を起こし、大きく伸びをする。

 木製の床がミシ、と鳴り、ほんのりとした温もりが足の裏に伝わった。


「昨日はぐっすり寝たな……やっぱ、ちゃんとした宿はいいな」


 身支度を整えながら、外から聞こえてくる街の喧噪に耳を傾ける。

 荷車の音、人々の笑い声、遠くから響いてくる鐘の音……どれも活気に満ちている。

 それはどこか、イスフィールの空気と似ていて、不思議と居心地の良さを感じた。


「さて、と……ギルドに顔出す前に腹ごしらえだな」


 盾と荷物を手にして宿の一階へ降りると、カウンターに立っていた宿の女将が笑顔で声をかけてきた。


「あら、おはようさん。今から出るのかい?」


「おはようございます、女将…さんでいいのか?」


 (フラムが女将さんと呼んでいたから、つい真似しちまった)


「ははは、そういや名乗ってなかったね。あたしゃ"ノーラ"さ、呼び方なんか何でもいいさね」


「それじゃ、女将さん。行ってくるよ」


「あいよ、行ってらっしゃい」


 女将さんの声に見送られ、宿を出る。

 朝の光に照らされたカレドニアの街並みは、まるで宝石のように輝いていた。


「商業都市ってだけあるな……露店の数がすごい」


 果物、武具、衣服、そして日用品……所狭しと並ぶ品々に、目移りしてしまう。

 その中でも、ひときわ賑わっている一角に目を止めた。


「傭兵ギルド・カレドニア支部か……」


 巨大な看板に刻まれた文字を見上げ、ディランは息を吐く。

 この街で生きていくなら、まずはここからだな。


「よし、行くか」


 重い扉を押し開けると、中には鎧姿の男や旅装の女、そして受付嬢の姿。

 ざわつく空気の中、ディランは真っすぐ受付へと歩み寄った。


「すまん、傭兵登録をしたいんだが」


 受付嬢がにっこりと笑い、用紙を差し出す。


「ようこそ、カレドニア傭兵ギルドへ。こちらにお名前と出身地、それから得意な技能をお書きください」


「出身地、か」


 ディランは少し考え、筆を走らせた。


 ――出身地:エルデリア村。

 ――得意分野:近接戦闘・対魔物討伐や護衛任務など。


 書き終え、用紙を渡すと、彼女は内容を確認する。


「エルデリア村。先日、魔獣討伐依頼が出されていたところですね」


 受付嬢は用紙に目を通しながら、記載されていた名前を見て目を細める。


「ディラン……エルデリア村の……もしかして、盗賊団の討伐をされた方ですか?」


「え?ああ、村を襲ってきたモヴーダとかいうやつとは戦ったよ」

 (仕留めたのは俺じゃないんだけどな)


「やっぱり!あ、いえ申し訳ありません。昨日、警備隊のアルフテッド様から推薦状をいただいておりますので、すぐに手続きを開始いたしますね」


「推薦状?待ってくれ、どういうことだ?」


 いきなり推薦状がどうのと言われ、状況が飲み込めないディランが受付嬢に尋ねると、彼女は引き出しから書類を取り出す。


「ええ、こちらがアルフテッド様よりいただいた推薦状になります。こちらの内容ですと、エルデリア村でのモヴーダ盗賊団の討伐、並びに魔獣討伐、カレドニアで発生した誘拐事件の収束に貢献されたことを記載されております」


「確かに、書いてることは間違っちゃいないが、この推薦状があるとどうなるんだ?」


「はい、推薦状があることで、登録者の技量や人間性が推薦者によって保証されることになります」


 (アルフテッドさんが保証してくれてるってことか……待てよ)


「それじゃ、俺が問題を起こしたらアルフテッドさんが責任を問われるのか?」


「ええと、問題の程度にもよりますが、推薦者が責任を問われることはありませんよ。あくまで、問題を起こした当人に責任がありますので」


「そうか、そりゃそうだよな」


 (とは言っても、アルフテッドさんに迷惑をかけるわけにもいかないし……面倒は起こさないようにしよう)


 推薦状を用意してくれていたアルフテッドに感謝しつつ、気を引き締めるディランを他所に受付嬢は事務処理を進めていく。

 

「では、登録手続きが完了しましたので、掲示板をご覧になってください。賊の討伐依頼や護衛依頼もございますので」


「ああ、ありがとう。見てみるよ」


 掲示板へ歩み寄ると、そこには無数の依頼票が貼られていた。

 (魔獣や賊の討伐、商隊護衛、採集任務……報酬は小金貨から大硬貨までいろいろだな)


「さて……これから忙しくなるな」

 

 この世界での新たな一日が、今、始まろうとしていた。

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