第42話 商業ギルド②

 ――ギルドの受付へと戻ると、先ほど案内してくれた男性が声をかけてきた。


「おや、調べものはお済みですか?」


「ああ、とりあえずは……ただ、もう少し詳しく調べたいんだが」


 ディランがそう言うと、受付の男性は穏やかな笑みを浮かべ、少し身を乗り出してきた。


「もう少し詳しく……でございますか。差し支えなければ、どのような事柄をお調べになられたいのでしょう?」


「迷い人の伝承についてだ。名前持ちの風習や、カルディナ・ローレンスって人物についても調べたいんだが」


 男性の眉がわずかに動いた。


「なるほど……伝承の詳細と、ローレンス家についての記録となりますと、現ギルドマスターのルディ様、またはカティア様の承諾が必要となりますね」


 受付の男性は手で軽く合図すると、カウンター脇の小さな扉を指した。


「ですので……ここから先は、ローレンス家の許可をいただいてください」


 (扉……この先に何があるんだ?)


「えっと、その扉は?」


「商業ギルドを取り仕切っておられます、ローレンス家の執務室となります。貴方様のご要望はこちらで伺わせていただきましょう」


 男は丁寧な所作で身を翻すと、ディランの目を見てゆっくりと口を開く。


「申し遅れました。わたくしは当ギルドのマスター、ルディ様の補佐を務めている、ヴィーデンリッヒと言います」

 

 先ほどの穏やかな雰囲気から、目つきが変わり、警戒心が垣間見えるようになった。


「丁寧に、どうも……」


「さぁ、こちらへどうぞ」


 ヴィーデンリッヒが扉の前に立ち、ディランを先導する。


「失礼ですが、何故カレドニアの創設者であるカルディナ・ローレンス氏のことを?」


 (明らかに探りを入れられてるな、一般に公開されないような情報を調べようとしてるんだから当然なんだろうが)


「それは……」


 なんと答えるべきか言葉が詰まってしまう。


 (めっちゃ怪しまれてるよな、俺が迷い人だから……なんて言ったら余計に怪しまれるだろうし)

 

「あぁ……っと、そう、カティア様にすすめられたんだよ」


 (我ながら苦しいが、嘘ではない)


「カティアお嬢様が?」


「ああ、さっき傭兵ギルドに行った時にちょうど依頼を出しに来てたみたいで、そこでね」


 ヴィーデンリッヒは眉根に皺を寄せながら口元に手を当てる。


「左様ですか……お嬢様が」


「ヴィード、どうしましたの?」


 柔らかい声が廊下に響く。

 振り返ると、淡い金色の髪を揺らしながら、

 カティア・ローレンス本人がこちらへ歩いてきていた。


「お嬢様……ちょうど、こちらの方がカルディナ様のことを調べたいと申していまして」


 ヴィーデンリッヒの声色が、さっきまでの警戒をわずかに残しつつも、カティアに判断を委ねるような響きに変わる。

 

 カティアは小首をかしげ、ディランをまっすぐ見つめた。


(言ったそばから本人と鉢合わせるとは、覚えてないとか言われたらどうするか……)


 ディランが内心で冷や汗を垂らしていると、

 カティアはふっと笑って肩をすくめた。


「あら、あなたは朝にお会いした……わたくしの話に興味をもってくださったのね」


「あ、ああ」


 (よかった……覚えててくれたか)


 カティアは嬉しそうに微笑むと、

 ゆっくりとディランの前へ歩み寄り、

 ふわりとスカートを揺らしながら言った。


「ヴィード、案内は結構です。わたくしが直接お話しますわ……構いませんわよね?」


「……お嬢様がそう仰るのであれば」


 ヴィーデンリッヒは頭を下げた瞬間、どこからか肌に突き刺さるような視線を感じた。


(……っ!この冷たい殺気は、あの爺さんか?)


 ディランがごくりと喉を鳴らした時、

 カティアが振り返り、軽く手招きする。


「さぁ、こちらへ……と、そう言えば、お名前を伺っておりませんでしたね?」


「ああ、名乗るのが遅くなって申し訳ない。俺はディランだ」


「ディラン様ですね。ご存知かと思いますが、わたくしは、カティア・ローレンスと申します。それでは早速、資料室へ案内いたしますわ」


 その声は、明らかに好奇心と期待で満ちていた。


 ディランは深く息を吸って、その背中を追っていった。


「……まったく、お嬢様には困ったものですね"ソルディさん"」


「ええ、まぁいつものことではありますがね」


 その声とともに、誰もいなかったはずの廊下に白髪の老紳士が佇んでいた。


「あの、ディランという男……何者なんでしょう?」


 ヴィーデンリッヒがソルディと呼んだ男に問いかける。


「傭兵ギルドで見かけただけなので、素性も不明ですが……私の放つ殺気を感じ取り、人間離れした身体能力を持っていましたね」


「人間離れした力……?」


「ええ、本人は魔獣の素材を使った装備だと言っておりましたが、あれはおそらく……"魔法"の類でしょう」


「あなたがそう言うのであれば、間違いないのでしょうが……お嬢様は?」


「気づいておられるでしょうね」


 二人は小さなため息を吐くと、顔を見合わせる。


「今はあの男の素性を調べてみましょう。ソルディさんはお嬢様の護衛をお願いします」


「承知しました」



 ――その頃、カティアに連れられて資料室へと向かっていたディランは……


「ディラン様はどうしてカルディナ・ローレンスについて調べようと思いましたの?」


「いや、俺は迷い人の伝承について興味があって……それにカレドニア創設時の記録も関係してないかと思ったんだよ」


「なかなか良い視点ですわね。では、ディラン様はカルディナ氏が迷い人であると……」


「お嬢様、それ以上は御自重くださいませ」


 ディランの背後から静かに声が響く。


「うぉ、と……あんたは」


 (びっくりした、この爺さん……気配がなかったぞ)


「爺……でも、この方は迷い人について調べたいとおっしゃっているのよ?それに、まほ……『お嬢様』…っ」


「お嬢様のご厚意は理解しております。それでも、この方にローレンス家についての資料をお見せするに値する信用はないのです」


「それはわたくしが許可すると……」


「ですから、御自重してくださいと申しているのです。素性も分からぬ者に、簡単に許可を与えないでいただきたいのです」


「うぅ……」


 ソルディの正論に、お嬢様は口を噤んでしまう。


「え〜っと、その人の言う通りじゃないか?俺も無理に資料を見せて欲しいわけじゃないし」


 ディランの言葉にカティアの表情は曇らせていく。


「そんな、せっかく魔法について話ができると思っていましたのに……あ、そうだわ!」


 一人でぶつぶつと呟いていたかと思うと、突然なにかを閃いたように顔を上げた。


「ディラン様、わたくしの出した護衛の依頼を受けてくださいません?爺も、この方が依頼を達成してくだされば問題はないでしょう?」


「それだけでは……いや、しかし」


 それでもソルディはまだ納得がいかない様子だったが、これ以上は主人の意向に口を挟むことが憚られたのか、言葉を飲み込んだ。


「決まりね!さぁ、爺?ディラン様と依頼の手続きをしてちょうだい」


 (お嬢さんの中で話がトントンと進んでいってしまっているが)


「これは、断ることは……」


 ディランの呟きを、ソルディは冷たい空気を纏わせながら遮った。


「諦められよ……さぁ、傭兵ギルドまで一緒に来てください」


 (また面倒なことになったな〜、でもまぁ、考えてみれば一石二鳥とも言えるのか?)


「……はぁ」


 ディランはため息を吐きながらソルディの後を追う。

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