⑤
俺が半ば本気でそう問いかけると、おばあさんが話を逸らすように口を開いて言った。
「ところでお前さん、そんなどうでもいい話よりもその腕時計どうするんだい?」
「!」
「買うか買わないか、さっさと決めな」
そんなおばあさんの言葉に、俺は「そうだった」と再びその腕時計に目を遣る。
まぁ、このおばあさんのことはまた後でも聞けるしな。
俺はそう思うと、やがて財布を取り出してそこから1000円札を取り出した。
そしてそれをおばあさんに差し出すと、一言告げたのだった。
「買います」
******
翌日。
俺は結局時間は戻さないまま、図工の授業中にも関わらず自分が受け持つ三年生のクラスで呑気にその不思議な腕時計を眺めていた。
因みに今日は、昨日直して貰った腕時計はしてきていない。
……さて、どう時間を触ってやろうか…。
そう思いながら教室の自分のデスクに座っていると、そこへ1人の男子生徒が大きな画用紙を持ってきて、言った。
「せんせー」
「?…どした?描きたいもの決まったか?今日は雨だから、教室で描きたいもの探して描けって言っただろ。何でもいいから」
俺がそう言うと、次の瞬間。
その男子生徒が予想外の言葉を口にした。
「うーん…じゃあ、先生のその腕時計がいい!」
「……え?」
そんな予想外の生徒の言葉に、俺は一瞬にして言葉を失う。
い、いや…俺の腕時計が描きたいって、なんでまた…。
だけどもちろんこの腕時計は俺が昨日買ったばかりの宝物だし、こんな貴重なものを生徒に、ましてや子供に渡すわけがない。
そう思って、
「だ、ダメに決まってんだろ。これは先生のものだぞ。他を探せ」
と容赦なくそう言ってやれば、納得がいかなそうな様子でその生徒が言った。
「えー?だって先生、この教室にあるものなら何でもいいっていってたじゃん!」
そう言った後、容赦なく「嘘つき」とまで言われる。
「…っ」
この野郎、人の気も知らないで好き放題言いやがって…。
でもここで拒否してたら、万が一親にまで伝わってしまったら、昨日の今日だし俺の信用問題がマジで危なくなるな。
俺はそう思うと、大きな葛藤の末…やがて「…わかった。でもあんま変に触るなよ」と言って腕時計をその生徒に手渡した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます