第6話 第三影
少女が決着をつけた傍らで、七は苦戦を強いられていた。
それもその筈。
何せ目の前の敵の剣技が、先程とは明らかに一線を画す程に洗練されたものになっていたからだ。
影は投げた鎖を打ち払い、その鎖を巻き込みながら地面に叩き落として無力化、その上その鎖を掴もうとするが、事前に置いてあったカウンター用の鎖が遅れて右の顬に炸裂。その間に一本目を回収する。
荒削りだがしかし、一瞬こちらの肝が冷える。
「この動き……」
七には見覚えがある。
動き方、動作前の癖、この対応。それは先ず間違いなく今別の場所で戦っている夜音の動きに酷似していた。
……推測するに、この猿の能力は模倣。それもその模倣した者の動きは影同士で共有されていると見て良い。
だが疑問は残る。
何故、俺の鎖や式神を模倣しないのか。
猿薙に対しての有効打を多く与えているのは間違いなく自分であるが、その模倣を持って対抗する手段を影は持ちえていない。
それは、ただ一つの事を意味していた。
「しない。じゃなく、できない。」
恐らく、模倣できるのは技術の話。
外付けの武器や神秘に対する模倣は、武器が無ければ再現は出来ない適用外と見た。
だからと言って油断は大敵だ。ふと手を抜いて鎖を握られれば、忽ち自分の今までの有効打が牙を剥く。
その為先程からは引き合いに持ち込むのではなく、鎖の勢いを用いた鞭打に戦法を切り替えている。
「しかし、このままじゃジリ貧なのも事実……」
向こうは戦闘する時間が長ければ長いほど学習の時間が取れて、こちらからすると自分の技や動きが解析されて有効打が減る。
模倣。
シンプルながら強力無比な能力である。
「……なら、趣向を変えようかね。」
だがそれでも、この男には届かない。
七は手元に鎖の束を引き出すと、それを投擲。
影でない猿薙の時に行ったのと同じ、一度に五本の鎖を投げる技を使う。
複数の軌道、タイミングから繰り出されるこの攻撃は、確かに相手の注意を逸らすが、それ故に隙も大きい。
その一瞬の隙を夜音を模倣した剣士が見逃す筈もなく、踏み込みから一気に間合いを詰めて一閃で決着を__
「防げ」
その一閃を、巨大な百足の鱗が完全に防ぐ。
何故鎖での攻防を取って、折角出した黒百足を有効活用しないのか。
それは初手でそのサイズ感である事を意識させ、防御に用いるには事足りないと思わせる為である。
それぞれ微妙にタイミングをずらした五本の鎖は、弧を描きながらもまるで不規則に飛び交うように見えた。
だがその奇妙なリズムは、相手の動きを誘導する罠。
全ての鎖が交差する瞬間、背後に黄金の網が完成し、影の身体を逃げ道なく捕らえた。
そのまま手元の鎖を一気に手繰り寄せ、百足ごと影を拘束、そのまま圧縮する。
そうして完全に身動きが取れなくなった影に対して、七は地面に楔を打ち付けて鎖を固定すると、その楔をかかと落としで強打する。
特殊な火薬の仕掛けが発動し、楔は火薬音と共に地面に更にめり込んで影への更なる圧力をかける。
だがこのままでは、式神である百足への大ダメージは避けられない。
「とはならないんだな、コレが。」
いつの間にやら七の首に巻き付くのは、最初に影を拘束した黒百足。
「黒百足の成長速度は早くてな。気を抜くと直ぐに脱皮してしちゃうから餌は制限してるんだ。
ま、今回はそれが役に立ったかねぇ。」
その発言のままに、影と百足の身体は互いに圧迫、腫れ、そして___
「__金鎖縛殺__」
その言葉を最後に、弾け飛ぶ。
その神秘の撒き散る凄惨な光景が、七の戦いが終わったことを告げていた。
_____
決着の着いた境内の外、七が影を爆散させたのと同時に、雑木林の中で一つの神秘がその場所から逃走を図っていた。
小さな小さな猿の神秘。それが神社から目視できない程の速度で離れていく。
逃げる。逃げる逃げる。
人如きがあそこまで強いとは知らなかった知らなかった。
だが安心してくれ兄弟達よ。
我が生きてさえいれば、お前たちはまた直ぐに……
「復活できるって?」
目の前に現れた男がここに居る事が、猿薙には到底信じられなかった。
「何故、ここに……」
「逃げんなよ、逃げたら殺す。」
黒髪に空よりも蒼い瞳の美丈夫。
その眼光に当てられるだけで、猿薙は恐怖が植え付けられて足が動かない。
何故生きている?
胸の傷は……
……消えている?
話が、話が話が違うぞ……!!
「……今見て理解した。
不見、不聞、不言。
いや、この国では三猿だったか。」
正体を看破されていることよりも、猿薙からすればカロンがこの場にいる事が何よりも不可解かつ理解不能な難題であり、その情報を処理することに未だ時間を要している。
本能が逃げろと告げているが、経験則から逃げたら殺されるとも分かっている為停止以外の選択肢が無い。
「……何故、俺を最初に狙った?」
「は、半年前にい、依頼があった。人間の姿を象った神秘からの依頼だ。」
答えるべきか否か。
そんな事は明白で、助かりたいと言う一心で勝手に口から答えを告げていた。
「その者はこの土地を授ける変わりに、黒髪の蒼い目をした男を殺せと言った。し、仕方無かったんだ。その時の我らは定住する為に、必死で……」
「……それから?」
「ふ、普通の武器は通らないから、この刀で刺せば、刀の所有権はやる、と。」
カロンは考え込んで思考を整理していたが、猿薙に向き直って告げる。
「分かった。行け、今回は見逃す。」
猿薙は信じられないと言った表情でカロンを見上げていたが、その眼光に再び睨まれて本能のままに逃げ出した。
木々を抜ける、草木を踏んで加速する。
知らなかったのだ、あんな化け物共が居るなんて。
あの娘はなんだ、神を従えながらのあの剣技と胆力!!神の最後の技も見えなかった……
あの小僧はなんだ、鎖を用いた戦い方と、常に二択を迫るような戦闘で思考が鈍る。
そして何より。
あの蒼目の男はなんなのだ。
独特の威圧感。気迫。それは未知への恐怖。明確な殺意よりも何よりも恐ろしい。
恐怖に駆られ、走り出す。
理由はそれで充分だった。
……あぁ、光だ。光が見える。
これで、これでこの恐怖から自由に……
「…………へ?」
その林から出た瞬間、猿薙の身体はぶくぶくと膨れ上がり、そうして爆散した。
血や臓物が周囲に飛び散り、無機質な道路に赤い花が咲く。
しかし、それを気にする通行人は居ない。
猿の死体か、と流し見されるだけである。
その一部始終を見終えて、カロンは目を細める。
カロンは念じ、四散した肉片全てをその右手に集め、再構築する。
魂は既に無いが、肉体は完全に復元された。
そうして自分の真下に浅めの穴を掘って、小さな墓を作る。
「”土地と無理やり融合させられたんだ。その在り方が歪み、更には縛られることなんて常識だよ。
まぁもっとも、カロンによって爆ぜた訳だが。”」
スマホ越しのヘスはそう分析しているが、カロンからすれば目の前の猿が死のうがどうしようが、興味も無ければ関心もない。
刺された恨みすら、カロンには無い。
あるのは、掴めない程奥に居る黒幕への関心だけである。
「”なのに、祈るのかい?”」
「あぁ。」
いつもの通り、失われた命を弔う。
その行為に他者への気遣い、憐れみ、そんなものは無い。感慨もない。
だが、それでも。
祈るこの仕草は、直さない。
本人にその意気や思いが無くても、その形を守る事こそが意味になり得るのだとカロンは知っているからだ。
「よし。」
合掌して鎮魂の祈りを捧げた後、カロンは境内へと踵を返す。
既に戦闘を終えた二人は社の階段で休んでおり、肩を寄せて何とか体を倒さないようにしている夜音と、それを耐える七のコンビがカロンには懐かしく映る。
昔の同僚と上司の姿にそっくりで、自然と湧き上がるものが……
「ふっ。」
「今笑ったっすよね?」
「気のせいだろ。で、怪我は?」
「俺はほぼ無傷ですけど、夜音ちゃんは強がってた割に重症。出血が多いのと、疲労が積み重なってかなり消耗してますよ。」
「……だから、無事…です、から。」
息も絶え絶えでそう反抗する姿は、七の言う通り、確かに強がっているように見えて仕方ない。
「そうか。じゃあ一旦診るから手貸せ。」
カロンはそのまま手を伸ばし、夜音に触れようと……
「(殺」
その指先に、ツクヨミの刀が触れ、その勢いのまま……
「無駄だ。」
指を切り落とさんとするツクヨミの一撃は、カロンの指先に触れられたまま止まる。
その様子に七とツクヨミは驚愕の色を示すが、とうのカロンは涼しげで、当然と言わんばかりの顔だ。
そのままカロンは刀を摘み指に力を入れるが、引き抜こうとしたツクヨミは刀が微動だにしない事に驚愕の意を表す。
「(驚」
その一部始終を聞いていたヘスは電話越しにこう解説を入れる。
「”カロンに並大抵の武器は効かない。それが例え神の武器であってもだ。
……だが例外もある。
それが猿薙という神秘が持っていた様な妖刀だ。
妖刀は所有者の生命力をそのまま神秘に変換する呪物の一種。カロンにとって命と言う物価の価値は常に対等だから、こういう手合いに弱いんだよ。
制約で自分に回復しないようにしてるし。
……傷を受けたら、私しか治せる人居ないのが実に面倒この上ない。”」
ヘスはそう説明するが、その価値観はまるで。
「神みたい、ですね……」
夜音の呟きを聞いて、カロンは表情を固くする。
相手の力量を計るという強さがあるとするなら、その分野では夜音に軍配が上がるな。
カロンはそう評価して指を離すと、ツクヨミの方を向いて問い掛ける。
「それでも、俺を斬るか?」
その言葉への返事はなく、ツクヨミは目に見えて肩を落としながら下がる。
夜音を過剰に庇うのは、神秘からアイツを守る防衛本能が機能しているからだ。
七に反応してないのは神秘が外付けだと理解してるからだな。
……だが、それに怒る程俺は無知じゃねぇ。
寧ろ、安心すら覚える。
カロンはそのまま夜音に触れて、損傷の確認に移る。
_____なるほどな。
カロンは確認をし終えると先ずは首に空いた穴に指を添える。
「__祈れ__」
直後、白い炎が損傷箇所を包んで燃え上がる。
その火はいずれ全身に広がりを見せ、夜音の身体は燃え上がる。
しかし、身体が燃えることは無い。
それどころか、逆に怪我そのものが塞がっていることすら分かる。
「温かい……」
熱さすらなく、夜音が感じるのは湯船に浸かっているかのような安息感と充足感。
あらゆる苦痛と痛覚が和らいで、自然と表情も緩む。
「これ……なんか、眠く……」
「”__散椿__”」
少しうとうととしてきたとき、まだやるべき事があると思い出してパッと目が覚め起き上がる。
「なんだ、寝ないのか?」
「い、いえ。今寝そうでしたけど流石に寝るのは……
それより、なんですかこの炎?カロンさんの能力ですか?」
凄い食いつき。
遠慮がないねぇ夜音ちゃんは。
カロンさんもその対応が心地良いのか結構自分のこと話すし相性良いんだろうけどさ。
おじさんとしちゃあちょっと思う所があるよ。
……カロンさんと慣れるの一年以上掛かったし。
「ん?あぁ”コレ”か。火名は祷炎。神父時代に編み出した技で、切り傷慢性疲労肩凝り冷え性筋肉痛が治る。」
「温泉の効能……?」
「何度聞いても料理人が持っていい能力じゃ無さすぎるんだよなぁ。」
「(困」
と言うか神父っていうのも初耳なんですけど。
「カロンさん神父してたんですか?」
「あぁ。」
「”淡白〜。ほんと、これでクールキャラ気取ってるんだから面白いよねぇ。ただのコミュ障のく……”」
ブチッ
無言で通話を切ったカロンの目は見えないが、何となくこれに言及しない方が良いと感じた。
「良し、本殿入るぞ。」
「「……うす。」」
なんとも言えない空気をぶった斬ったカロンの後ろを、二人は背筋を伸ばしながら着いていく。
_____
簡素な作りの社の中に入り、夜音とツクヨミは落ち着かない様子で周囲を見渡す。
おどろおどろしいものはなく、何か霊的なものを感じる訳でもなく、単純に不潔で何がいるか分からないのが落ち着かないのである。
その最奥には一振の刀が奉納されており、その刀を先程の戦闘を踏まえた二人は知っていた。
「これ……」
「あぁ。元々の依頼はこの刀の手入れだ。
妖刀”朱篭”
平安時代、この神社に訪れた武士が一晩泊めたときの礼として置いていった妖刀だ。詳細は知らん。」
そのぶっきらぼうな言い方はそれ以上を知りえない事へのイラつきか、その話を教えてきた人物の顔がムカつくのか……まぁ多分両方だろう。
カロンは鞘から刀身を抜き、用意していた砥石で刀を研ぎ始める。
「はぁ……にしても、なんだったのかねぇ。
あの猿は。」
「……自白したのが事実だとするなら、半年前からの計画的な犯行だ。十中八九俺に敵意があるな。」
「そんな、カロンさんに敵意がある奴らなんて……」
……居るなぁ。
普通に仲の悪い和藤家、多方面に喧嘩売ってる研究団の陸脚、先日暴力沙汰を起こした照桜、大方この三組織ってとこ?
あぁいやでも、身内の学会の他派閥の可能性も……
「直接的な神秘じゃないから特定も難しいし、未完成の風呂敷っすかね。」
「……いや、そうとも限らん。
今回の依頼は俺を標的にしていた。照桜だったら直近のやらかしで七か夜音を狙うし、陸脚だったら孤立したヘスを真っ先に狙う筈。和藤の連中は不透明だが契約には誠実だ手は出さん。取引先をおいそれと襲ってこっちを消極的にはさせねぇだろ。」
「カロンさんのその言い方だと、まだ表に出てない第三勢力が主犯って事になりますけど……」
「そういう事だな。
……お前らも、用心はしておけよ。」
刀を研ぎながらのその言葉に、二人は息を飲む。
これから、今日以上の強敵が、脅威が、自分達に降りかかるかもしれない。
そんな中で、私は。
私の目標だけを見ていて、良いのだろうか。
「うし、こんなもんだろ。」
カロンがそう言って刀を持ち上げると、研がれた朱篭は鈍く、そして赤く輝く。
鞘に刀の光が吸い込まれると、カロンは立ち上がって帰る準備を始める。
「色々心配はあるだろうが、先ずは帰って飯だ。
それが俺の出来る精一杯で全力だ。
だから、食いたいもん考えといてくれよ、二人とも。」
言い切ったカロンの爽やかな笑顔が、草原の風を運んで来た。
同時刻、周辺の雑木林にて
帰る三人の背中を見る、小さな人影が一つ。
「ボス、定期報告の時間だよ。」
赤い髪の少女はスマホ越しに本殿を見据えて連絡する。
「”ノドカ君、今はアフタヌーンティーの時間だ。変わり映えの無い定期報告はまた後に……”」
「意外な収穫があった。」
自分からこういう報告が来るとは思ってもいなかったのか、はたまた今のタイミングだとは思ってなかったのか、電話越しの彼は少々驚いたようで息が詰まったのを聞く。
「”……変数は嫌いなのだが”」
「何言ってるの、いつも競馬で大穴狙うじゃん。」
「”報告。”」
「ボスと同じ人、見つけたよ。」
その報告を吟味するかのように、数秒の沈黙と鼻を鳴らす音。
電話越しに、彼の口の端が上がった気がした。
「”神宿か。”」
「うん。ツクヨミって言ってた。」
「”月読命……
日本神話における三神にして豊穣の神。日本書紀においても記述が少ない、謎の多い神だ。生まれ以外ほぼ情報がないブラックボックスと言っても良い。”」
「へぇ。そうなんだ。」
「”そうだとも!!
して、他の情報は取れたかな?”」
「他は……この神社に住み着いてた猿がその人達に殺されたくらい?」
「”ほうほう、あの猿をやるとは素晴らしい。ノドカ君を様子見に行かせた甲斐があったな。全てやられたのか?”」
「うん。不見は鎖使ったおじさんに、不言は神宿のお姉さんに、不聞は青眼の怖いお兄さんにやられた。皆超強い。」
鎖使いと青眼の男……
この特徴に合うのは、”エルデ”の朝香七とカロンか。
大物だな。
日本の神秘界隈で知らない者は居ない程の有名人だ。
さて……
「ボス聞いてる?今回危険だったんだから追加の報酬ちゃんと払ってね。」
「”……やっぱプリン二個じゃダメ?”」
「良いよ。」
「”流石はノドカ君!!では早速コンタクトだ。後日エルデにお邪魔するとしよう。”」
「?よくわかんないけど一回帰るね。」
「”あぁ、気を付けて帰ってきてくれ給え。帰るまでが遠足だからな。”」
「はーい。」
黒電話を置いて、青年は手を組んで笑みを浮かべる。
「ふ、ふふふははははは」
暗澹とした不変な日常を壊す新たなる予兆、それを肌で感じて、青年は高笑いが止まらないのであった。
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