第四話「ダンジョンは植物の宝箱」

 冒険者ギルドが設立されてから、一週間が経過しました。ギルドに集まった者たちは、それぞれパーティを組み、果敢に「種子のダンジョン」へと挑んでいきました。しかし、彼らが持ち帰ってくるのは、ありふれた植物の種子か、奇妙な形をしただけの役に立たないものがほとんどでした。

「ダンジョンの内部は、思った以上に複雑怪奇なようだ」

 ギルドに併設された作戦室で、父が難しい顔で地図を広げました。冒険者たちの報告を基に作られた地図は、まだ入り口付近が少し埋まっているだけで、その奥は広大な空白が広がっています。

「植物系のモンスターが、予想以上に厄介みたい。ツルで締め上げてきたり、麻痺効果のある胞子を撒き散らしたりするって」

 アレンが冒険者から聞いた情報を付け加えます。通常の剣や魔法では、切ってもすぐに再生する植物モンスターに苦戦を強いられているようでした。

「このままじゃ、誰も奥までたどり着けない。貴重な種子は、きっともっと深い場所にあるはずなのに……」

 私が焦りを滲ませると、黙って話を聞いていたシルヴァンが口を開きました。

「……リリアナ。お前の『緑の指先』ならば、あるいは」

 その言葉に、私ははっとしました。そうです。私の魔法は、植物を成長させるだけではありません。植物と心を通わせることもできるのです。もしかしたら、モンスターたちと戦わずに進むことができるかもしれません。

「私が行くわ」

 私の決意に、アレンが血相を変えました。

「馬鹿を言うな! お前は領主の娘なんだぞ! ダンジョンなんて危険な場所に、お前を行かせられるわけがないだろう!」

「でも、私にしかできないことがあるの! このままじゃ、ギルドを作った意味がなくなってしまう!」

 激しく言い争う私とアレンの間に、どっしりとした影が割って入りました。

「俺も行く。リリアナ様と、アレン殿と一緒に」

 声の主は、獣人族の青年、ガオでした。彼は真剣な眼差しで私を見つめます。

「俺は、昔からこの辺りの地理には詳しい。それに、植物の性質なら、農夫の俺にも少しは分かる。きっと、お二人の役に立てるはずだ」

 彼の言葉は、不思議な説得力を持っていました。そして、シルヴァンも静かに頷きます。

「私も同行しよう。古代の植物について、私の知識が役立つかもしれん」

 こうして、リリアナ、アレン、シルヴァン、ガオという、何とも奇妙な一行(パーティ)が結成されました。父は最後まで心配していましたが、私たちの固い決意の前に、最後は許してくれたのです。

 翌日、私たちはダンジョンの入り口に立っていました。ごくり、と喉が鳴ります。暗く、冷たい空気が洞窟の奥から吹き付けてきていました。

「よし、行こう」

 アレンが剣を抜き、先陣を切ります。ガオが松明で周囲を照らし、シルヴァンが警戒しながら後に続きました。私はその中央で、感覚を研ぎ澄ませました。

 ダンジョンに一歩足を踏み入れると、空気ががらりと変わりました。湿った土の匂いと、濃厚な植物の気が満ちています。壁や天井からは、様々な種類の苔やシダが垂れ下がり、まるで生き物の体内にいるかのようです。

 しばらく進むと、前方の通路を巨大なツタが塞いでいました。それはまるで大蛇のようにうねり、敵意をむき出しにしています。

「来たか! こいつが冒険者たちが言っていた『うごめく大ツタ』だ!」

 アレンが剣を構えます。しかし、私は彼の前に手を差し出しました。

「待って、アレン。戦わないで」

 私はゆっくりと大ツタに近づき、そっとその表面に手を触れました。そして、「緑の指先」の力を解放し、心の中で語りかけます。

(怖がらなくていいのよ。私たちは、あなたを傷つけたりしない。ただ、少しだけ道を通してほしいだけ)

 私の温かい魔力が伝わったのか、あれだけ荒々しくうねっていた大ツタの動きが、ぴたりと止まりました。そして、まるで意思があるかのように、自ら通路の脇へと移動し、私たちが通れるだけの隙間を作ってくれたのです。

「……嘘だろ」

 アレンが信じられないといった表情で呟きます。ガオもシルヴァンも、驚きに目を見開いていました。

「すごいわ! やっぱり、この力は通じるんだ!」

 この成功に、私たちは自信を深めました。その後も、眠りを誘う胞子を出す巨大なキノコの森では、胞子を出す前に優しく撫でて眠らせたり、鋭いトゲを飛ばしてくるサボテンには、トゲが丸くなるように魔法をかけたりして、私たちは一度も剣を抜くことなく、ダンジョンの奥へと進んでいきました。

 ときには、巨大な葉っぱを滑り台にして下の階層へ移動したり、壁一面に生えた光る苔に魔法を送って、周囲を昼間のように明るく照らしたり。危険なはずのダンジョン探索は、まるで初めてのピクニックのように、わくわくする冒険に満ちていました。

「リリアナ様の魔法は、本当に不思議だ。植物たちが、まるで喜んでいるように見える」

 ガオが感心したように言います。

「ふむ。これは単に魔力で従わせているのではないな。植物の生命そのものに働きかけ、共生している……。これほど根源的な魔法は、文献でも見たことがない」

 シルヴァンも、興奮を隠せない様子で分析しています。

 そして、私たちはついにダンジョンの最深部と思われる、巨大な空洞にたどり着きました。そこは、天井に開いた穴から柔らかな光が差し込む、神秘的な空間でした。そして、その中央には、小さな祭壇のようなものがあり、その上にいくつかの種子が大切に安置されていたのです。

 私たちは、息をのんで祭壇に近づきました。

 そこにあったのは、まさしく宝物でした。

 一つは、月の光を吸収したかのように、青白く輝く小麦の種子。シルヴァンが言うには、これが伝説の「月光麦」。暗い場所でも自ら光を放ち、栄養価も非常に高いといいます。

 もう一つは、ルビーのように真っ赤に輝くトマトの種子。これが、魔力を回復させる効果を持つ「マナトマト」。魔法使い垂涎の逸品です。

 その他にも、一年中実をつける「四季なりリンゴ」や、スープに入れると七色に輝く「虹色ニンジン」など、見たこともない貴重な種子がたくさんありました。

「やった……! やったわ!」

 私は種子をそっと手のひらに乗せ、歓喜の声を上げました。これさえあれば、グリーンウッド領は生まれ変われます。

 この私たちの成功は、すぐにギルドの冒険者たちに伝えられました。領主の娘が、モンスターと戦わずにダンジョンの最深部に到達し、お宝の種子を持ち帰った。そのニュースは彼らの心に再び火をつけました。リリアナ様のようにやれば自分たちにも好機があるかもしれないと、植物との対話という新しい攻略法を模索し始めたことで、ダンジョン探索は一気に活気づいたのです。

 グリーンウッド領は、今、新たな発展の時代の幕開けを迎えようとしていました。しかし、その小さな辺境の成功が、遠い帝都にまで届き、やがて大きな嵐を呼ぶことになるのを、このときの私はまだ知る由もなかったのでした。

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