第三話「ようこそ、冒険者ギルドへ!」
ポポイモと薬草の栽培が軌道に乗り、グリーンウッド領はかつての貧しさが嘘のように活気づいていました。領民たちの食卓は豊かになり、薬草のおかげで病に倒れる者も減りました。誰もが私のことを「緑の奇跡の乙女」と呼び、尊敬の眼差しを向けてくれます。それはくすぐったくもありますが、素直に嬉しかったのです。
ですが、新たな問題も浮上していました。
「作物の多様性が、まだ全然足りないわ……」
領主である父の執務室で、私は腕を組みながら唸りました。ポポイモは素晴らしい作物ですが、そればかりでは土地の栄養が偏り、連作障害を引き起こす可能性があります。それに、もっと色々な種類の野菜や穀物があれば、領民の生活はさらに豊かになるはずです。
もう一つの問題は、資金不足でした。
領地の運営には金がかかります。インフラを整備し、商業を活性化させるためには、初期投資が不可欠です。しかし、今のグリーンウッド領には、日々の運営で精一杯で、未来への投資に回すだけの資金がありませんでした。
「何か、起爆剤になるようなものが欲しい……」
私が頭を悩ませていると、定期的に薬草の報告に訪れていたシルヴァンが、静かに口を開きました。
「リリアナ。お前が興味を持つかは分からんが、一つ、心当たりがある」
彼の翠色の瞳が、窓の外に広がる岩山の方に向けられます。
「あの岩山の麓に、古い洞窟があるだろう。領民たちは『魔物の巣』と呼んで近寄らないが、私の調査では、あれは古代文明の遺跡である可能性が高い」
「古代の遺跡?」
「うむ。そして、私の持つ文献によれば、その遺跡は『種子のダンジョン』と呼ばれていたらしい」
種子の、ダンジョン。その言葉を聞いた瞬間、私の心臓は高鳴りました。
「まさか、そこには……」
「ああ。今はもう失われた、古代の植物の種子が眠っているかもしれない。もっとも、数千年の時を経て、ダンジョン内部は独自の生態系を持つ植物系モンスターの巣窟と化しているだろうがな」
古代の植物の種子! それさえ手に入れば、作物の多様性の問題は一気に解決します。うまくいけば、高く売れる希少な作物を育てることで、資金問題も解決できるかもしれません。
しかし、問題はどうやってそのダンジョンを攻略するかです。私やアレンだけでは危険すぎます。専門の探索者、つまり冒険者のような存在が必要です。
「そうだわ!」
私はポン、と手を叩きました。
「冒険者ギルドをこの領地に作りましょう!」
「……は?」
私の突拍子もない提案に、父も、アレンも、そしてシルヴァンさえもが呆気にとられたような顔をしました。
「冒険者ギルドだなんて、そんなもの、こんな辺境に作る意味があるのか?」
アレンが至極もっともな疑問を口にします。通常、冒険者ギルドは大きな街や、活発なダンジョンがある場所に設立されるものです。こんな寂れた領地に、わざわざやってくる冒険者などいるはずがありません。
「意味ならあるわ。だって、この領地には『種子のダンジョン』があるんだもの。それに、報酬を弾めば、腕利きの冒険者はきっと集まるはずよ!」
私の計画はこうです。
まず、領主の権限で冒険者ギルドを設立します。次に、「種子のダンジョン」から未知の植物の種子を持ち帰った者には、高額でその種子を買い取るという依頼を出すのです。そうすれば、一攫千金を夢見る冒険者たちが、我こそはと集まってくるに違いありません。
父は私の熱意に押され、半信半疑ながらもギルドの設立を許可してくれました。私たちは、村の空き家になっていた一番大きな建物を改装し、即席の冒険者ギルドを作り上げたのです。看板は、私が木の板に不格好な文字で「グリーンウッド冒険者ギルド」と書いたものです。
しかし、ギルド設立の告知を出してから数日経っても、扉を叩く者は一人も現れませんでした。
「やっぱり、無茶だったんじゃないか……」
カウンターで頬杖をつきながら、私はため息をつきました。ギルドマスターは父が兼任し、受付嬢(?)は私が務めています。アレンは用心棒として、カウンターの横で腕を組んで立っていました。客のいないギルドは、がらんとしていて寂しいものです。
そのときでした。
ギィ、と錆び付いた蝶番の音がして、重い木の扉が開かれました。
入ってきたのは、屈強な体つきをした一人の青年でした。日に焼けた肌、短く刈り込んだ茶色い髪。そして何より目を引くのは、頭からぴょこんと生えた獣の耳と、背後でゆらりと揺れるふさふさの尻尾。獣人族です。
彼は、戸惑ったようにギルドの中を見回すと、おずおずとカウンターに近づいてきました。
「あの……ここで、冒険者の登録ができると聞いたんだが」
初めての来客に、私は慌てて背筋を伸ばします。
「は、はい! ようこそ、グリーンウッド冒険者ギルドへ! 私が受付のリリアナです!」
青年は、ガオと名乗りました。彼は、先祖代々この土地で農業を営んできた獣人族の農夫でした。冒険者としての経験はありませんが、力仕事には自信があること、そして、幼い頃に祖父から洞窟の話を聞いており、その内部構造に少しだけ詳しいことを話してくれました。
「金が欲しいんだ。妹が病気で、薬を買う金が必要なんだ……。ダンジョンで珍しい種が見つかれば、高く買い取ってくれるって本当か?」
切実な彼の瞳を見て、私は力強く頷きました。
「ええ、本当よ! 約束するわ!」
ガオの登録を皮切りに、ぽつり、ぽつりとギルドに人が集まり始めました。彼らは、ガオのように生活に困窮した領民や、噂を聞きつけた流れ者の傭兵たちでした。決して一流の冒険者とは言えないかもしれません。でも、彼らの目には、未来を変えようとする強い意志の光が宿っていたのです。
その中には、ひときわ目を引く一団もいました。全身を揃いの鎧で固めた、どう見ても素人ではない屈強な男たち。彼らは依頼内容を確かめると、鼻で笑いました。
「種子の買い取りだと? ふん、子供の遊びだな。もっと骨のある依頼はないのか」
リーダー格の男がそう吐き捨てて出て行こうとしたとき、私は彼を呼び止めました。
「お待ちください! そのダンジョンには、ただの種子だけではなく、伝説の植物も眠っていると聞いています。例えば、暗闇で自ら光を放つ麦や、一口食べれば魔力が回復するトマト……」
私がシルヴァンから聞いた話を少し大げさに話すと、男たちの目の色が変わりました。そんなものがもし本当にあるのなら、国家さえも買い求めるほどの価値があります。
「……面白い。その話、詳しく聞かせてもらおうか」
こうして、寂れた村に突如として現れた冒険者ギルドは、少しずつ、しかし確実に活気を帯び始めました。未知のダンジョン、高額な報酬、そして伝説の植物の噂。男たちの冒険心をくすぐるには、十分すぎるほどの材料が揃っていたのです。
私はカウンターの向こうで、依頼書を整理しながら、胸の高鳴りを抑えきれませんでした。
(待っててね、古代の種子たち。私が、必ずあなたたちを現代に蘇らせてあげるから)
しかし、私はこのときまだ知らなかったのです。このダンジョン探索が、ただの種子集めでは終わらず、私自身が冒険の渦中へと飛び込むことになるということを。
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