夜の運動


「今日は宜しくお願い致します」


 そう言って彼女は折り目正しく頭を下げた。

 その拍子にふわりと、柑橘系の香水と――甘い石鹸のような香りが鼻腔に届き、ドキッとさせられる。


 高級そうなスーツを着こなした意志の強そうな瞳の彼女――高瀬遥は26歳のOLだそうだ。



 なぜ『だそうだ』なのか――

 それは今日初めて会うからだ。



 仕事帰りなのだろう――



 少しだけスーツにシワが寄っていたが、それが気にならないほど遥は美人だった。


 いかにも『出来る女』といった彼女も、やはり“オンナ”という事なのだろう。


 そんな彼女と俺はこれから、たっぷりと汗を――香水の匂いなんか掻き消えるくらいの汗をかくのだ。


 期待をしているのか、俺を見詰める彼女の頬は、僅かに紅潮していた。


 俺は邪な気持ちを隠し、彼女を部屋へと案内した。







「んっ……はぁ、……んん……」


 靭やかな身体が上下すれば、彼女の口から僅かな声と、荒い呼吸が漏れ、俺の理性をジクジクと溶かしていく。


 ――どうして美人ってやつは、息まで芳しい気がするんだろうな。


 ポニーテールが跳ねる度に、きめ細やかな白い肌に汗が滴り――照明を受けて艶っぽく煌めいて見えた。


 ――やっぱり香水なんかいらないじゃないか。体温が上がったことで匂いがさっきよりもはっきり感じられる。


 汗臭さなどまるでしない――どこまでも甘い甘い体臭が、狭い部屋に充満しているようだった。


「ん、はぁ、あぁ、はぁ……」


 パン、パン――という肉を打つ音が空気を揺らすごとに、彼女の口からは更に苦しげになった声が漏らす。


 顔は真っ赤に火照り、綺麗に施された化粧ももうグズグズ――けれど彼女はそれでも美しかった。


 やがて限界が来たのか、彼女は潤んだ瞳で俺に――懇願するように言った。


「あの……私、もう……」


 上目遣いで口にされた言葉は、めちゃくちゃ俺をグラつかせた。


 けれど俺は鉄の意志を以って答えた。



「ダメです。ほら、あと1回です。頑張りましょう!」


 彼女は何とかそれに答え、頭上で手を打ち鳴らすことに成功した。


 トレーニングマットに突っ伏したまま、乱れた呼吸を整える。


「はぁ、はぁ、……バーピーってキツいんですね」


「地獄のトレーニングって言われるくらいですからね。でもその分、ダイエットには効果抜群ですよ!」


「頑張ります……また明日も宜しくお願いします。トレーナーさん」



 うん。パーソナルトレーナーやってて良かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

1分で読める創作小説2025チャレンジ集 .N(ドットエヌ) @Bunta830

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ