第9話 繋がる手がかり、広がる世界
僕の部屋で、ユキの“現代講座”が始まった。 まずはスマホの基本操作から。彼女は真剚な表情で、タップやスワイプの仕方を学ぶ。
「……すごい……指先で、こんなにいろんなことができるんですね……」
彼女が感嘆の息を漏らす。その純粋な驚き方が、なんとも愛おしかった。
「これはまだ基本だよ。インターネットで全世界と繋がれるんだ」
僕が検索バーに「雪村家」と入力すると、彼女の目が輝いた。
「わ、私の……おばあちゃんの家が……?」
画面に表示される歴史資料や古老のインタビュー記事。彼女は貪るように読みふける。
「……おばあちゃんが、酒店を継いだ……って書いてある」
彼女の声が詰まる。
「……私が知ってるのと、同じおばあちゃん……」
歴史が、彼女の記憶と確かに繋がっている。ユキは画面に映る古い写真を指さす。
「これ……!うちの酒店の看板です! でも……『やまき』じゃなくて……『ゆきむら』……?」
「時代と共に、読み方が変わったのかもしれない」
僕は推測した。
「あるいは、通称で呼ばれていたんだ」
次の瞬間、彼女の顔色が曇る。
「……『1947年、当主・雪村花子の一人娘・雪が行方不明に――』」
記事の一文を読み上げ、ユキは顔を上げた。
「……雪……?でも、私の名前は……」
その時、僕たちは同時に気づいた。ユキは本名を名乗っていなかった。
「ユキは……ひらがなで書いてたよな?」
「……ええ」彼女はうなずく。
「でも……漢字では……『雪』と書きます……」
僕の背筋が凍る。資料の「行方不明者」と、目の前の少女が、完全に一致する。
「……もしかして……」
ユキの声が震える。
「あの日……霧の中に閉じ込められたのは……私……『行方不明』になったから……?」
部屋が重い沈黙に包まれる。歴史の闇に葬られたはずの悲劇が、現代に蘇った瞬間だった。
「……会いたい」ユキが呟く。
「おばあちゃんに……会いたい……」
「でも……もう、会えないですよね……?だって……何十年も経ってしまったから……」
彼女の目に、涙が溢れた。たとえ身元が証明できても、彼女の愛した人々は、もうこの世にはいない。
胸が締め付けられる。僕は彼女の肩に手を置いた。
「……でも、ご子孫の方はいる。佐藤さんが言ってただろう?君の血を引く人たちが、今もどこかにいるんだ」
その時、僕のスマホが着信した。佐藤さんからのメールだ。 【雪村家のご子孫と思われる方と連絡が取れました。ご高齢ではありますが、お会いできる可能性があります】
僕はメール画面をユキに見せた。
「ほら……見ろ。繋がるんだ。時間は過ぎ去っても、絆は続いている」
ユキは涙で滲んだ画面をじっと見つめ、そして、ゆっくりと顔を上げた。 その瞳には、悲しみと、かすかな希望が揺れていた。
「……お願いします」
彼女の声は決意に満ちていた。
「お会いしたい……おばあちゃんの、血を引く方に」
翌日、僕たちは佐藤さんの紹介状を持って、雪村家のご子孫の元へ向かった。 閑静な住宅街の一角にある、こぢんまりとした家だった。
ドアを開けたのは、80歳近くと思しい品の良い婦人だった。彼女はユキの顔を見るなり、息を呑んだ。
「まあ……あなたは……?」
「初めまして」僕が挨拶する。
「佐藤さんからご連絡いただいた、鎌倉と申します。こちらが――」
「……ゆき……おばあさま……?」
ユキの呟く声に、婦人は大きく目を見開いた。
「え……?」
「おばあさまの……若い頃の写真に……そっくりで……」婦人は呆然と呟く。
「でも……そんなはずが……」
僕はユキのペンダントを示した。
「このペンダントをご存じありませんか?ユキの――彼女の祖母の形見だそうです」
婦人の顔色が一変する。
「それ……!確かに、曾祖母が娘に贈ったと聞いています! でも、あの娘は行方不明に……そしてこのペンダントも……」
彼女の目に涙が浮かぶ。
「あなたは……いったい……?」
ユキは一歩前に出ると、深々と頭を下げた。
「……私は……雪村雪と申します。昭和22年に……行方不明になった……あの者です」
その言葉に、婦人はよろめき、ドア枠に手を掛けた。
「まさか……そんな……あり得ない……」
しかし、彼女はユキの顔をじっと見つめ、そしてペンダントを見つめる。疑いと驚き、そして懐かしさが入り混じった複雑な表情が、彼女の顔を揺らめた。
「……中へ……お入りください」
ようやく婦人はそう言った。
「ゆっくり……話を聞かせてください」
僕たちは、静かな緊張の中、雪村家の居間へと招き入れられた。 ここから、本当の意味での、ユキの“現代”への第一歩が始まる――。
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