第3話 時を結ぶ約束の場所
次の日、僕は一刻も早く学校を終わらせ、駅前の公衆電話へと足を向けた。心臓が高鳴る。あの不可思議な会話は夢なんかじゃなかった。ユキという名の、謎に包まれた少女が、確かに存在する。
ボックスに近づくと、なぜか胸騒ぎがした。何かが……違う。
よく見ると、公衆電話のボックスに、小さな張り紙がされている。
『工事に伴う撤去について』
「……へ?」
僕はその張り紙を目で追う。内容を理解するのに、数秒かかった。 来週、この公衆電話が撤去される——そう書いてある。街のインフラ整備に伴い、利用者の少ない公衆電話は順次なくなっていくのだ。
「そんな……そんなの、ありえない……」
僕は張り紙をじっと見つめ、唖然とした。これがなくなったら、ユキとどうやって連絡を取ればいい? 彼女は、この電話にしか繋がれないんじゃないか?
リンリンリンリン――!!
突然、ベルが鳴り響いた。約束の時間よりも、ずっと早い。 僕は慌てて受話器を取った。
「ユキ!?」
『……祐介……さん……?』
彼女の声は、以前にも増して、かすれている。雑音もひどく、まるで遠い遠い国からかかってきているかのようだった。
『……今日は……早く……呼べたみたい……』
『なんだか……急に……怖くなって……』
「ユキ、落ち着いて。ちょうど良かった。聞いてくれ。この電話が……もうすぐなくなっちゃうんだ」
受話器の向こうで、息を呑む音がした。
『……どう……いう……意味……?』
「撤去されるんだ。来週には、ここに電話はなくなる」
『……そんな……』
彼女の声は、絶望に引き裂かれそうだった。
『……それじゃあ……もう……祐介さんと……お話できなく……なっちゃう……』
『……一人に……なっちゃう……』
「違う! だから、会おう! 今日、今すぐに! どこにいるか、わかることをなんでも教えて! どんな小さなことでもいい!」
僕は必死で叫んだ。これが、最後のチャンスかもしれない——そんな予感がしていた。
『……うん……うん……!』
彼女も必死にうなずく声がする。
『……ここから……見えるもの……』
『大きな……赤い……橋……』
『遠くに……赤い橋が見える……でも、霧でぼんやりして……』
『それと……近くに……古い……時計台のある建物……止まっている……針が……2時を指している……』
赤い橋。時計台。針が止まっている。 それは……この街にはない。少なくとも、僕の知っているこの駅前には。
しかし、どこかで聞いたような……。
「他には? 看板の文字とか、何か特徴はないか!?」
『……えっと……』 彼女は考える。
『……『やまき……酒店』……って読める看板が……ある……けど……』
『字が……半分ほど剥げて……いる……』
「『やまき酒店』……?」
その瞬間、記憶が閃いた。 確か……町史の資料で見たことがある。今はない、昔の商店街の名前だ。数十年前に取り壊されたという——。
そして、赤い橋といえば……今はもう使われていない、旧線の鉄橋のことじゃないか? 時計台の建物も、確か……。
「わかった……! もしかしたら、わかったぞ、ユキ!」
『……本当……?』 彼女の声に、希望の色が宿る。
「ああ! そこは、今とは違う……昔の街の景色だ! 君は……!」
ゴロゴロゴロ……!
昨日よりもはるかに近く、低く不気味な雷鳴が轟いた。
『あ……!』
『また……!切れちゃいそう……!』
「待って! まだだ! 聞いてくれ、ユキ!」 僕は叫んだ。
「明日の今頃、僕は君を探しに行く!あの時計台の前で待っててくれ! 絶対に会いに行くから!」
『……約束……?』
彼女の声は、もうほとんど聞こえない。雑音に掻き消されていく。
「約束だ! 絶対に!」
『……はい……!』
彼女の声は、泣き声と笑い声が入り混じったような、そんな切ない響きだった。
『……祐介さん……待ってる……』
『……必ず……』
パチンッ!!
雷鳴とほぼ同時に、通信は断ち切られた。
僕はゆっくりと受話器を置いた。手のひらは汗でびっしょりだ。鼓動が収まらない。 彼女は、過去にいるのか?それとも、平行世界のような別の場所にいるのか?
真相はわからない。だが、一つだけ決まったことがある。 僕は、彼女に会いに行く。
張り紙がされた公衆電話を見上げる。 このレトロな機械は、ただの遺物じゃない。時を超えて、二人を結ぶ、奇跡の装置だったんだ。
僕はポケットから銀のペンダントを取り出し、強く握りしめた。
「よし……『やまき酒店』と『赤い橋』と『時計台』か……」
図書館へ行き、古い地図や資料を調べ尽くさなければならない。 たとえ時代が違っても、たとえ彼女が幽霊でも——。 僕は、約束を果たす。
なぜなら、受話器の向こうの、あの泣き声を聞いてしまったから。 あの「助けて」という声を、無視できなくなってしまったから。
明日、僕は時を超えた恋人に会いに行く。
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