第4話 23:59

 翌朝、履歴に新しい一行が差し込まれていた。

 「2025/09/17 23:59」。

 今日はまだ十七日の午前だ。画面の向こうのほうが、一日だけ先にいる。

 タップするのを、しばらく指が拒んだ。押さないで済むなら、それがいちばんいい。けれど、押さないでいる時間そのものが、背中を押す力に変わっていく。再生。

 黒。低いハム音。映像はまだ始まらない。代わりに、数字が現れる。23:50、23:51……カウントアップではない、カウントダウンだ。

 十、九、八。音が少しずつ明るくなる。廊下の気配が濃くなる。

 ゼロの手前で、画面は切れた。再生時間は00:00:11で固定されている。

 予告編。それだけのはずなのに、指先から体の中心へ、ゆっくりと冷える輪が広がった。今夜、俺はどこにいればいい? 部屋の外に出るか。友人の家に泊まるか。

 考えが早口になり、どれも途中で息切れする。

 冷蔵庫が長く鳴った。葉先が一枚、微かに揺れた。今夜、ここでという選択に、部屋がうなずいた気がした。


 日中にできることをすべてやる。パスワードを変える。アプリを消す。端末を初期化する。

 夜。機内モードにして、Wi-Fiを切り、SIMを外し、電源を落としてから入れ直す。空っぽのホームに、最小限のアプリだけが並ぶ。

 Stream+はない。はずなのに、「共有」のメニューの奥に、小さなアイコンが残っていた。押す。

 起動画面が、オフラインと一瞬だけ表示して消え、履歴が開く。

 「2025/09/17 23:59」。

 もう一度、切る。端末の背中を、手のひらで包んで温度を奪う。再び入れる。履歴は消えなかった。

 再生。秒読み。十一秒で切れる。

 息が浅くなり、窓を開けようとして、やめる。外の空気のほうが、こちら側を濃くする気がした。

 机の引き出しから古い紙のノートを出し、今日やったことを箇条書きにする。書くという行為で、現実の輪郭が強くなる。

 最後に、こう書いた。

 「夜、見ない。」

 ペン先が紙に突き刺さる音が、思ったより大きかった。

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