第19話 出禁

 管理室へ戻る。扉を開けると、魔術師たちはじろりとエリックを見た。まさか戻ってくるとは思っていなかったようで、一様に驚いた表情を浮かべている。

 エリックは傲慢なほどに顔をあげて、うつむかないようにした。部屋の中へと入り、親機を触っていたアルベルトへ声をかける。


「それ、触ってもいい?」

「あ、ああ」


 アルベルトは、戸惑ったように身体をどかす。エリックは水晶の前に手をかざし、人差し指を振った。

 何事も、状況を把握することから始めなければいけない。

 そうでなければ解決方法は、あてずっぽうの対症療法になってしまう。


「今朝の誤作動の原因は何だったか、教えてもらえる?」


 淡々と尋ねるエリックに、ちらちらと魔術師たちの視線が刺さる。アルベルトはため息をついて、エリックへメモ用紙を見せた。


「何も分かっちゃいない。そもそも、お前以外に親機を触れる奴はいないんだ。従って、お前がいちばん怪しいっていうのが俺たちの意見だ」

「でも誤作動が起こった時、僕はレオポルト殿下と一緒に寝てたよ。どうやって操作するの?」


 アルベルトはぎょっとした表情で、エリックを見下ろした。エリックはあえてにこやかな笑みを向けて、首を傾げる。


「僕は、殿下に、媚びを売っているからね」

「本当にお前、そういうところ……」


 げんなりと肩を落としながら、アルベルトは「そうだよな」と呟く。


「俺だって、お前がそんなことするとは思わねえよ。お前は、理性的に頭を使って、嫌がらせができるタイプじゃない。もっと感情的な奴だからな」


 なんだか不名誉な信頼だ、とエリックは思った。アルベルトの言葉を無視して、メモ書きをめくる。


「そうだね。僕のほかに親機へ触った人がいるかは、分からない?」

「分からない。痕跡は何も残ってなかった。そもそも、これはそういう仕様だろう。使用者がどんなことをしたかは分かっても、その使用者が誰かまでは分からないんだ」


 そうだよね、とエリックは頷く。

 ひとつ、嫌な予感があった。


「アルベルト。僕が不正をしないように、そこで見ていてくれる?」

「は? なんだ、それ」


 アルベルトを放って、エリックは杖を持つ。淡々とした調子で呪文を唱えた。途端に水晶玉がほのかな光を放ち、エリックはそこへ手をかざす。


「今から、不正の痕跡を探すから」


 目を閉じて、開く。再び呪文を唱えた。

 エリックが唇を閉じるのと同時に、水晶から光があふれる。球体の中で文字と数字が乱舞する。エリックの金色の瞳は、それを凝視した。


「は? お前、何をやって」


 怪訝な表情をするアルベルトを放って、エリックは手元のメモ書きへ、殴り書きで何かを付け足していく。

 食い入るように水晶を覗き込む目は、血走っていた。


「おい、おい。エリック。エリック・クレーバー!」


 アルベルトはエリックの肩を揺するが、エリックは手を止めない。異様な雰囲気に、他の魔術師たちがエリックを水晶から引きはがした。

 なおも一心不乱にメモを書き続けるエリックを見て、魔術師たちが「うわ」と声を出す。アルベルトはエリックの手首を掴み、「おい!」と声を張った。


「いつも説明が足りないんだよ、お前は! 何をやったんだ?」

「んー」


 エリックはこめかみのあたりを掻いて、水晶玉を見つめた。アルベルトは、「おい」とその肩を叩く。それに促されるようにして、エリックが口を開いた。


「ほら。僕、が、開発した、探知魔術があっただろ。通信内容を盗む魔術だ」


 エリックの皮肉気な言葉に、魔術師たちが顔を合わせる。さらに言葉を続けようと、エリックは息を吸い込んだ。


「あれが発動した形跡が、見つかった。つまり僕の操作を、誰かが盗み見た可能性がある」

「ちょっと待て。どういうことだ?」


 アルベルトは眉間にしわを寄せて、怪訝な顔をする。他の魔術師たちも、エリックから手を離した。自由の身になったエリックは、メモをぺらりとめくって、周りへと見せる。


「僕たちの疎通確認を盗み聞きしたわけじゃない。僕が親機を通じて、子機それぞれに干渉した内容を、盗んだんだ。そしてその内容を使って、中継機へ『侵入』したのかも」


 魔術師たちの表情が、じわじわと変わっていく。アルベルトは、エリックの肩を叩いた。


「おい。さっきの呪文教えろ。あと見方も教えろ」


 エリックは素直に、メモの端へ呪文を書きつけた。アルベルトが呪文を唱える横で水晶を覗き込み、指示を出す。アルベルトはしばらく水晶の中をにらんだ後、頷いた。水晶は、再び光を放っている。中では、文字と数字が躍っていた。


「なるほど。通信を見られた場合は水晶玉が光って、されていない場合は光らないんだな。で、通信網のどこで、それが行われたか表示されると」

「うん」

「それでこれを見る限り、たしかに中継機が起点になって魔力を送っているな……」


 アルベルトが頷くと、魔術師たちは顔を見合わせた。彼らはアルベルトと、エリックの頭越しに言葉を交わす。アルベルトは、エリックの頭を大きな掌でぽんぽんと叩いた。


「どうする。エリックの言っていることは理解できるし、俺はこいつを信頼するぞ」


 アルベルトの言葉に、エリックはほっと息をつく。自分のローブの袖を、強く握りしめた。しかし、他の魔術師が苦い顔をして首を横に振る。


「だけど、通信内容を盗み見たのが誰かまでは、分からないんだろ。それがクレーバーの差金って可能性は捨てきれない」


 それを言われると、エリックにはお手上げだ。首をすくめて、黙って両手を挙げる。

 アルベルトはエリックをじっと見つめた後、「よし」と膝を叩いた。


「エリック。お前を、ここから出禁にする」

「えっ」


 声をあげるエリックに、アルベルトは頷いた。


「そして親機をいじる権限を、お前からはく奪して、俺がもらう。お前を俺の監視下に置かせてもらうよう、レオポルト殿下へ打診するつもりだ」


 ぎくり、と身体が固まる。口ごもるエリックを見て、「あのな」とアルベルトが諭すように言った。


「今いちばん怪しいのは、お前なんだよ。これはお前のためでもあるんだ、エリック。その管理室の鍵を、俺に渡してくれ」


 分かっている。ここで鍵を渡す以外の選択肢はない。下手に拒否をすれば怪しまれ、ますます信用を無くすだけだ。

 でもこれはレオポルトが、エリックのために、用意してくれたものなのに。


「……ちょっと待ってね」


 エリックは、自分の頬をはたいた。ぱしんという乾いた音が、管理室に響く。魔術師たちは驚いてのけぞったが、アルベルトだけは、エリックを真っすぐ見つめていた。

 ふー、と深く息を吐く。エリックは顔をあげて、ズボンのポケットをまさぐった。


「はい。受け取って」


 管理室の鍵を差し出す。アルベルトはそれを受け取り、立ち上がった。


「身体検査もする。立て」


 唇を噛んで立ち上がる。アルベルトはエリックの服についたポケットをすべてひっくり返し、手でエリックの身体を押さえた。

 エリックは、その行為にじっと耐えた。


「……よし。隠し持っているものはないな。行っていいぞ」


 こうして、エリックは解放された。

 管理室から放り出されたエリックは、ふらふらと騎士団の庁舎から外に出た。

 太陽はすっかり高く昇っている。そういえば朝食を食べ損ねたことに、やっと気づいた。


(……レオポルト殿下に、報告しなきゃ)


 ふらふらと歩きながらレオポルトの執務室へ向かうが、出迎えたヘンケルは苦い顔で首を横に振った。


「すまないが、殿下はただいま取り込み中だ」


 そうですか、とエリックはうつむく。ヘンケルはため息をひとつついて、エリックに話しかける。


「伝言があるなら、俺が伝えるが」

「ああ、それなら、今日は出かけますってお伝えしてください。今日帰れるかも、怪しいかもしれません」

「はあ? そうか……どこへ行くんだ?」


 怪訝な表情のヘンケルを見上げて、エリックは言った。


「街へ行ってきます」

「ふうん? まあいい。確かに伝えておくから、安心しろ」


 ヘンケルは物言いたげな様子だったが、言伝を受けてくれた。エリックは空っぽの腹をさすりつつ、庁舎から出る。空を見上げた。

 遥かな山々を眺めて、深呼吸を繰り返す。気持ちを落ち着かせて、首と腕を軽く回した。


(大丈夫。やるべきことは分かった。やるんだ)


 エリックは門番に一言「街に行く」と言づけて、屋敷を出た。

 向かう先は、街の郊外――山のふもとにある、木こり小屋だ。

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