第12話 沈黙は将の首を刈る

 それから、目まぐるしく日々は過ぎた。

 現場の測量。工事の計画立案。相変わらずゲスナーはエリックを目の仇にしたが、エリックは負けじと仕事へ口を出した。


 そもそも、通信水晶を多数運用して通信範囲を広げる理論は、エリックが開発したものだ。知識量と理解度では、圧倒的にエリックへ軍配が上がった。

 そのためかは分からないが、計画は遅々として進まなかった。


 騎士団内の会議室で行われている、工事の打ち合わせ。

 エリックはゲスナーの作った設計書で、机をぴたぴたと叩く。唇は、への字に曲がっていた。


「あのさぁ。ふざけてる? これだと、全然通信が繋がらないんだけど」

「何を言っている。これで間違いないはずだ」


 眉間へ皺を寄せるゲスナーをよそに、エリックは机の上の通信水晶を複数起動させた。実際の通信網の規模を小さくした、実験模型だ。

 ゲスナーの設計書通りに、機器を調整する。すべての水晶を統括する親機を起動させて、通信を繋げた。


「いい? きみの設計だと、発信側の子機から、受信側の子機を指定するだけになってるよね」

「そうだが、何の問題がある」


 エリックはため息をついて、中継地点になっている通信水晶を指差した。


「送信側からの信号を、中継機でリレーするんだって、ずっと言ってるだろ。きみの設定だと、その中継機が」

「分かった、分かった。いいから黙れ」


 ゲスナーが、憎しみの混じった眼光でエリックをにらんだ。


「下手に口出しされると困る。ここが固まらないからレオポルト殿下からの承認が得られず、次の段階に進めていないんだぞ。いいから黙って私に従え」

「でも――」


 言いかけたところで、「クレーバー」とエリックを呼ぶ声がする。

 振り返ると、部屋の入り口にヘンケルが立っていた。手元に小包を持っているから、どこかへ届けに行く途中だろうか。


「レオポルト殿下がお呼びだ。すぐに来い」


 エリックは戸惑いながらも立ち上がった。ちらりとゲスナーを見やるも、追いやるように手を振られる。


「……はい。今、行きます」


 説明の途中だったのに。エリックは後ろ髪を引かれる思いで、会議室から出た。

 ヘンケルについて歩くと、小部屋へと案内される。そして無言で部屋を開けた。

 違和感を口にする間もなく、手を掴まれる。エリックを部屋へと引きずり込んで、ヘンケルは扉へ内側から鍵をかけた。

 当然、部屋にレオポルトの姿はない。

 ヘンケルはエリックを一瞥して、「あまり出しゃばるな」と低い声で言った。


「ペラペラしゃべりすぎだ。相手に手の内を晒してどうする」

「えっ」


 思ってもみない言葉に、エリックは固まった。ヘンケルは苛立ちを隠すように、額の前髪をかきあげる。


「あまり殿下の足を引っ張るなよ。俺は魔術方面のことはさっぱりだが、今のお前がゲスナーを手助けしているのは分かる」

「手助けなんて……そんなつもり、ないです……」


 言い返しつつも、うつむく。ヘンケルの指摘は、図星だった。エリックはただ、魔術についてゲスナーへ口出し――助言をしているだけだ。レオポルトへ具体的な協力ができているわけではない。

 それどころか、ゲスナーを結果として手助けしてしまっているというのは、否定できなかった。

 ヘンケルは鼻を鳴らして、腰に手を当てる。


「レオポルト殿下からの伝言だ。あまり喋るな。ゲスナーは放っておけ」

「放っておくって」


 エリックが言葉に詰まると、いいから、とヘンケルは眉間へしわを寄せる。


「後は殿下が、今まで通り、いかようにもしてくださる」


 ヘンケルの言葉に、エリックはちらりと彼を見上げた。


「……もしかして、レオポルト殿下は今、故意に計画を止めていらっしゃいますか? 僕が呑気に、あちらを手助けしているから?」

「そうだ」


 ヘンケルは相変わらず不機嫌そうな表情で、エリックを見下ろしていた。鼻を鳴らす。


「とにかく。殿下の願いが叶うかどうかは、お前にもかかっているんだ。頼むぞ、本当に」


 そう言われると、ぐうの音も出ない。エリックは反論せず、大人しくうなだれた。


「はい……気をつけます。すみません」


 ヘンケルはそれきり黙り込む。沈黙に耐えかねたエリックがまた見上げると、ヘンケルは何とも言えない表情をしていた。

 例えば意表を突かれて、言葉が出ないような顔だ。エリックは首を傾げて、尋ねる。


「何か?」

「いや。案外しおらしいなと思って」


 その言葉におかしくなって、エリックは笑うのをこらえなければいけなかった。頬の内側を噛んで誤魔化そうとすると、「今笑ったか」と目ざとく見つけられる。


「ん。笑ってないです」

「いや、笑ってただろ」


 とはいえ、確かに笑っている場合ではない。

 エリックは現状を認識して、はー、と気の抜けたため息をついた。笑みも自然と引っ込む。


「……僕、もしかしなくても、殿下の足を引っ張っていますね?」

「まあな。俺の視点からだとそうなる」


 あっさりと認めるヘンケルに、「そうですか」とエリックは首をさすった。唇を軽く噛む。


「僕は、どう動いたらいいですか?」


 ダメ元で、ヘンケルに尋ねてみる。どうせ自分で考えろと突き放されるんだろう、とヘンケルを見上げた。


「どう動いたらか」


 しかしヘンケルは突き放さず、馬鹿にもせず、顎に手を当てて考え込んだ。エリックがきょとんと見上げていると、「なんだ」と眉間にしわを寄せて尋ねる。


「いえ。真面目に考えてくださるんだなって……」

「そりゃあ考えるだろ。俺の主人の邪魔をされたらかなわないからな」


 本当にこの人はレオポルトの友人で、忠実な部下なんだ、とエリックは感心した。

 この生真面目で、変に誠実なところが、二人ともそっくりだ。

 ヘンケルは眉間のしわを揉んでほぐしながら、エリックへ言う。


「とりあえず、ゲスナーへの口出しをやめろ。あいつらの失敗を待つんだ」

「失敗を、待つ」


 口にすると、背筋がぞわぞわした。人の不幸を待ち望むことに、良心が理屈でないところで反抗する。胸を掌で叩いて、それを抑え込んだ。

 ヘンケルはその様子を見て、同情するように唇を曲げた。


「お前、なんでこんなことになってるんだ。人を出し抜くのに、向いてないにもほどがあるぞ」

「い、いやあ、だって……悔しくて……」


 唇を噛みつつ、視線は落とさなかった。エリックの目つきに、ヘンケルはまたため息をつく。


「お前の事情は聞いているし、殿下に協力する動機も分かるし、本当に腹芸ができないところは逆に信頼しているが」

「はい……」


 全部本当のことなので、エリックはしおれた態度で頷いた。ヘンケルは目を細めて、「まあ、なんだ」と唸る。


「雄弁は千の兵に勝り、沈黙は将の首を刈るというだろう」


 古い慣用句だ。エリックは目線だけでヘンケルを見上げた。


「今のお前が打ち勝つべきは、目の前にいる有象無象の下っ端じゃなくて、お前を陥れた奴らだ。覚えておいたほうがいいぞ」


 ヘンケルはそれだけ言って、部屋の扉を開けた。そして顎でしゃくって、出るように促す。

 エリックは、それに大人しく従った。すごすごと部屋を出ると、ヘンケルが会議室とは反対の方向を見やる。たしか、レオポルトの臨時の執務室になっている部屋がある辺りだ。


「それはそれとして、お前に頼みがある」

「はあ。何でしょうか」


 怪訝な顔をするエリックに、ヘンケルは手元の包みを手渡した。中身を尋ねる前に、ヘンケルが口を開く。


「菓子だ。お前が毒見をして、殿下へ差し上げろ」


 それだけ言い残して、ヘンケルは立ち去っていった。エリックはその背中を見送って、そっと包みを広げる。小麦の香ばしい香りと、焼けた砂糖特有の甘さ。


「クッキーだ」


 こっそり、一枚頬張る。甘い。これほどの砂糖が使われている高級品は、滅多に食べられるものではない。

 エリックはしばらく、その味を噛み締めた。そして丁寧に包み直して、レオポルトの執務室へと歩き出した。

 執務室へ入ると、レオポルトはエリックを歓迎した。そしてクッキーを見せると、エリックへたくさん毒見をさせた。

 エリックが毒見をしすぎて、クッキーの半分ほどを食べてしまったほどだった。


「すみません。こんなにたくさん、僕がいただいてしまって」


 恐縮しきりのエリックに、「よい」とレオポルトは鷹揚に返事をする。


「こちらこそ、いいものが見られた」


 にこやかなその表情に、エリックは首を傾げた。


「いいもの……?」


 レオポルトは、あくまで微笑むだけだった。

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