008 嘘つきの春菜と光一はロマンティックの代償を払っている




 いつもの場所、ホテルのラウンジで陸と向き合う。短い時間でも、こうしておしゃべりできるのが嬉しい。


「そういえばさ、咲子が飲み会で知り合ったアウトローっぽい山辺くんなんだけどね」

「へぇ。で、上手くいってるの?」

「ううん。やっぱりなんか違うって言ってた」

「……咲子ちゃんって、本当は光一君のことが好きなんじゃないの?」


 その名前を出されて、一瞬言葉に詰まった。咲子が光一を? 正直、考えたこともなかった。けど、思い出す。


 ――あの時のことを。


 中学に入ってすぐの頃だった。昼休み、咲子がまた男子に囲まれていた。消しゴムを投げられたり、わざと机を蹴られたり。見ているだけで胸が痛む。でも咲子は芯が強いから、私たちを巻き込みたくないと突っぱねていた。だから、私もただ遠巻きに見守るしかなかった。


 そこへ、教室の扉が勢いよく開いた。「やめろ!」


 光一だった。ひとつ上の学年なのに、迷わず私たちの教室に入ってきた。


「ねぇ、その子さ。俺の幼馴染なんだよ。その辺で止めといてくれないかな? なんで咲子なの? 誰か答えろよ」


 その声の強さに、周りの男子はすぐに引いた。けれど首謀者の田鳥だけが残った。咲子は張り詰めていた糸が切れたみたいに泣きだして、春菜が保健室へ連れて行った。


「君か。なんで咲子を狙うんだ?」


 田鳥は居直るように言った。


「咲子が悪い。可愛いなんて言われて浮かれて、気のある振りして無視しやがった。謝らないからだ。アイが言ってるし」

「アイ?」光一が眉をひそめる。


 田鳥の視線が、一人の女子に向いた。白っぽいパーカーの女子――高橋アイだった。


「私、止めたんだけど田鳥くんが聞いてくれなくて……」しおらしく目を伏せながら、光一に媚びる。


「桐原さんと付き合ってるの?」

「幼馴染って言っただろ」

「じゃあ、私とかどうですか?」


 図々しい。そう思った瞬間、光一はきっぱり言い切った。


「俺には、責任を取らなきゃならない“好きな女”がいる。他を当たって」


 アイの顔が一瞬ひきつった。だけど何も言い返せなかった。


「とにかく。咲子に手を出すな」


 そう言い残して光一は出て行った。背中がやけに大きく見えた。


 ――それから数か月後、光一はその高橋アイと付き合い始めた。理由なんて聞かなくても、だいたい察しはつく。


「どうした?」と陸が心配そうに私を覗き込む。

「ねえ……好きな子を守るために、嫌いな女と付き合うことってあると思う?」

「普通は無い。でも、それしか方法がなかったら……あり得るかもな」

「そうよね」


 高橋アイの兄は、暴走族グループの顔役だ。

 もしかするとアイは兄を使って光一を追い詰めたのかもしれない。光一が女遊びを始めたのも、その直後だった。


 ――それって、案外ロマンティックな理由なのかもしれない。


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