009 全然ロマンティックじゃない夫婦の、ロマンティックな話
春菜の家の一階にあるレストラン。
ここは春菜と光一の両親が共同経営している店だ。昼どきはランチのお客さんでいっぱいだから、私はそっと入口を開けて、ホールを動き回る春菜のお母さんに会釈した。
「こんにちは」
「いらっしゃい、咲子ちゃん。春菜なら上よ」
にこやかに言われて、私は慣れた足取りでバックヤードの階段を上る。
二階の玄関を開けながら声をかけた。
「春菜ー? 来たよ」
……返事がない。
「そっか」思わず呟いて、そのまま三階へと上がっていく。三階は光一の家。
春菜の母親と光一の母親は同じ児童養護施設の出身で、血は繋がっていないが本物の姉妹以上の親友だ。そのせいか、この二家族は境界線が曖昧すぎる。もう“勝手知ったる他人の家”ってやつだ。
玄関を開けてもう一度呼ぶ。
「春菜ー?」
「早かったね」部屋の奥から春菜の声がした。
「お昼食べずに来ちゃった」そう言って上がり込むと、廊下のドアが開いて光一が出てきた。
「咲子か。じゃあ昼めし作ってやるよ。何がいい?」
「春菜……」と呼びかけただけで、春菜は「ん」と頷き、すかさず光一の前に冷たい麦茶を差し出している。
――いやいや。あんたたち、理香と美里には“セフレ”とか言ってるけど、完全に“熟練夫婦”だから。
「咲子はコーヒーと紅茶どっち?」
「アイスティー」
そう答えると、今度は光一の方を向いて「オムライス」とリクエストした。光一はここの跡継ぎで絶賛修業中。有名店でコック見習いとして腕を磨いている。だから、彼の料理は間違いなく美味しい。
春菜がキッチンに行ったのを見計らって、私は光一に小声で切り出した。
「あのさ、腹黒の“高橋アイ”はどうなった?」
「相変わらずだよ。お前になんかした?」
「相変わらずだね。あの子、まだ“光一の好きな人は私だ”って思い込んでる」
光一はちょっと笑って肩をすくめた。
「俺はロリコンじゃねーぞ」
「私は春菜と同い年なんですけど」
そう、光一にとって私は“妻が大事にしてる猫”くらいの存在だ。私も彼を“お兄さん”を通り越して、半分“お父さん”みたいに思っている。
光一が麦茶を飲み干しながら言う。
「アイツの兄貴がな、“俺はやめろ”って言い出して説得し始めたんだ。もう一歩だな」
「危なくないの?」
「心配ない」
そのとき、春菜がキッチンから戻ってきて、私の前にアイスティーを置いた。
「なに話してたの?」
私はくるりと振り返って答えた。
「全然ロマンティックじゃない夫婦の、ロマンティックな話」
「なにそれ」
春菜は吹き出した。私もつられて笑う。
――これでいいんだ。きっとすべて上手くいく。
光一を本当は好きなんじゃないかって?
これ見て好きになる人がいたら、相当なんじゃない?
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