007 咲子のロマンティックはいつも不合理 By理香



 初めて入る居酒屋は、ちょっと背伸びした大人の世界って感じだった。木のカウンターに間接照明、メニューにはやたら横文字。まあ雰囲気はいいけど、味はまだ未知数。こういう飲み会の場では、咲子は相変わらずモテている。ちょっと笑っただけで、隣のテーブルの男たちがちらちらこっちを見る。


 でも思い出す。小学校も中学校も、咲子は全然目立たなかった。いや、美少女だったのは間違いない。けど、いつも春菜の後ろに隠れてるだけの地味な子。学校って変な空間だと思う。中にいると評価されないのに、外に出た途端に逆転するんだから。


 中学に上がったころだったか。クラスの人気者の男子が、ふと「咲子ってかわいいじゃん」って言ったことがあった。それだけで空気が変わった。でも当の本人は相変わらずで、三月生まれらしくお子ちゃまっぽい。本人に「かわいくなりたい」意志すら無いのに周りだけざわついていた。


 当然、面白くなさそうにしたのが高橋アイ。学校一のモテ女子なんて言われてたけど、私からすれば「雰囲気詐欺」だ。お兄さんが不良グループの顔役だから、誰にも文句言われないのをいいことに、校則違反のパーカー着て、薄化粧で気取ってるだけ。確かにアピールはうまいけど、中身はただの腹黒。マジやな奴。


 あのパーカー事件は今でも忘れない。私たち四人でお揃いを買ったやつと色違いをアイが着てきて、つい「3,900円のやつじゃん」って言ったら、放課後に男子三人引き連れて「馬鹿にしただろ、謝れ」って脅してきた。あのときは美里が代表で謝ったけど、本当はあそこで引く必要なんてなかったと思ってる。美里には悪いけどね。


 そんな過去を思い出していたら、隣の咲子が袖を引っ張って小声で囁いた。


「ねぇ、あっちの隅の人、素敵じゃない?」


 見れば、斜に構えたアウトロー風の男。なるほど、咲子の好みは相変わらずだ。


 美里が呆れ顔で言う。


「あっちの、もうちょっと素直そうなイケメンじゃだめなの?」


 春菜も苦笑する。


「優しそうなほうが安心でしょ」


 でも咲子は首を振る。「なんか違う」と。


 私はグラスを置いて、ため息をひとつ。


「はいはい。どうせまたトラウマ持ち出して言い訳するんでしょ。でも、好みは本人の自由だし、私が着いて行ってあげる。だから今度はちゃんと会話しなよ」


 咲子は目を輝かせて「うん」とうなずいた。


 ――結局、咲子のロマンティックな運命探しの付き添い役はまた私。だけどまあ、それが最適解なんだから仕方ない。



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