最終話 悪魔のキスは誘惑の味

 吹き飛んだレンのもとに、俺はゆっくりと歩いて近づいた。


 月光が照らす砂丘に、レンは尻もちをついたまま立ち上がれずにいる。たった一撃。それだけで、あれほど圧倒的だった力の差が逆転していた。


「もう止めよう」


 俺は静かに言った。


「力の差はわかっているだろう?俺は力を行使したいわけじゃない。もう、俺たちに近づかないでほしいだけなんだ」


 レンが顔を上げる。その瞳には、恐怖と——別の何かが宿っていた。


「俺には、お前を殺さなければならない使命がある!」


 レンが叫ぶ。


「そうでなければ、俺だって殺されてしまうんだ!」


「協会ってやつか?」


「そうだ!」


 レンの声が震える。


「貴様のようなオタク野郎にはわかるまい!絶対に関わってはいけない世界に、生まれながらに巻き込まれた苦しみが!」


 月光が、レンの顔を照らす。そこには、今まで見せなかった——本当の苦悩が浮かんでいた。


「なら...」


 俺は手を差し出した。


「一緒に何とかしよう」


「はぁ?」


 レンが目を見開く。


「彼らがもう手を出さなくなるまで、火の粉を払い続けよう」


 差し出した手が、月光を受けて淡く光る。


「もう、俺だってこの世界の住人になってしまったからな。手を貸してくれよ」


 レンの瞳が揺れる。


「許して...くれるのか?」


「その代わりに...」


 俺は微笑んだ。


「ゲームのフレンドになろうぜ」


 長い沈黙の後、レンがゆっくりと手を伸ばした。


 俺の手を握る。その手は、震えていた。


「ありがとう...すまなかった...」


 レンは深々と頭を下げた。


 月光が、二人の握手を優しく照らしていた。



 ***



 数日後。


 いつもの教室で、担任の先生が咳払いをした。


「えー、残念なお知らせだが、紗夜先生の教育実習が今日で終了となる」


 クラス中からため息が漏れる。特に男子たちの落胆は大きかった。


 紗夜先生は教壇に立ち、最後の挨拶をした。


「短い間でしたが、ありがとうございました」


 そして、俺たちの方をちらりと見て、小さく微笑んだ。


「寂しくなるわね...」


 それだけだった。でも、その一言に込められた想いは、俺とはるかには伝わった。



 あれから、レンとは友達になった。


 意外なことに、あいつは俺以上のゲームオタクで、かつアニメオタクだった。


「あんな地獄では、ゲームかアニメしか楽しみがなかったんだ」


 放課後、一緒にゲームをしながらレンが呟く。


 俺のことをオタクってバカにしてたくせに——と思いながらも、なんだか親近感が湧いた。



 はるかも、あれからもっと明るくなった。


 クラスでも友達が増えて、今度女子だけでカラオケに行くらしい。


「初めてのカラオケじゃっど!何歌えばよかと?」


 うきうきしながら聞いてくる姿が、微笑ましい。



 そして、ルカも元気だ。


 三日に一回の精気補給のキスは、いまだにドキドキしてしまう。


 最近は、ルカの人格でキスするか、はるかの人格でキスするかで、二人が喧嘩している。


「今日はわいの番じゃっど!」


「違うわ、私の番よ!」


 俺がどっちがいいか決められないのも悪いらしい。まあ、どっちでも嬉しいんだけど...



 ***



 そして、さらに数日後——


 放課後、図書室に向かった俺とはるかは、扉を開けて驚いた。


「あら、いらっしゃい」


 聞き慣れた、大人びた声。


 なんと、紗夜先生が図書室のカウンター席に座っていた。


「なんで先生がここにおるとですか?」


 はるかが目を丸くする。


「本採用試験まで、バイトしたくて」


 紗夜先生が、ちょっと胸元をちらつかせながら、いたずらっぽく話す。


「校長先生に相談したら、『図書室の整理のバイトでどうですか?』だって」


 どうせ色仕掛けしたんだろう...俺は心の中でツッコんだ。


「それに...」


 紗夜先生が立ち上がり、俺に近づいてくる。


 顎を指でさすりながら、妖艶な笑みを浮かべた。


「私も定期的に、誰かの精気をもらわないと...協会に歯向かっちゃったからね」


「契約やけん仕方なかけど!」


 はるかが割り込んでくる。


「変な色仕掛けばせんでください!」


「別にそんなことしてないわよー」


 紗夜先生が、わざとらしく無実を装う。



「なんか、お前だけモテモテなのムカつくなあ...」


 横からレンもやってきた。最近は、こういうとこまで一緒についてくるようになった。



 その時、はるかの髪がワインレッドに変わった。


 ルカが出てきたのだ。


「ねえ、今ちょうだいよ!精気!」


 ルカが俺に抱きついてくる。



「ここは図書室よ!」


 紗夜先生が慌てて止めに入る。


 賑やかな声が、静かなはずの図書室に響く。


 窓から差し込む夕日が、みんなを温かく照らしていた。



 俺の日常は、確かに変わった。


 でも、この騒がしくて、温かくて、ちょっと危険で——


 そんな毎日が、今は愛おしくて仕方なかった。


 *おわり*


【お礼】


 ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。


 よろしければ評価☆☆☆や感想、ブックマーク、応援♡などいただけるとさらに嬉しいです!



 *お知らせ*

 引き続き新作ラブコメ作りました。

 アニメ制作お仕事物です。


 冴えない中年アニメ演出家ですが、推しの元トップアイドル3人が部下兼ルームメイトになりました


 https://kakuyomu.jp/my/works/822139836557766108/episodes/822139836936255995



 ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

 新作もどうぞよろしくお願いします!

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【完結】種子島からやって来た、訛りまでもが可愛い過ぎる美少女。満月の夜にはサキュバスに変身して俺のことを身も心も誘惑してくるんです 財宝りのか @zaihou_rinoka

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