第25話 陽太、覚醒の時

 俺は深い闇の中で、膝を抱えていた。


 冷たい。何もない。ただ、無限に広がる虚無だけがそこにあった。


 思い出すのは、いつも独りだった記憶。


 子供の頃から、父の仕事の都合で転勤ばかりだった。小学校を三回も変わって、友達ができてもすぐに別れの繰り返し。新しい学校では、いつも「転校生」という特別な目で見られて、馴染めないまま、また次の土地へ。


 両親の不仲も、俺を孤独にした。


 夜中に響く怒鳴り声。物が壊れる音。俺は布団を頭まで被って、耳を塞いでいた。朝になると、母は腫れた目で朝食を作り、父は新聞に顔を埋めて無言。


 暗い部屋で、一晩中ゲームをしていた日々。現実から逃げるように、画面の中の世界に没頭した。魔物を倒し、レベルを上げることだけが唯一の達成感だった。


 高校に入ってからも、変わらなかった。


 ある日、新しく買ったライトノベルを抱えて帰る途中、角でカップルとぶつかった。散らばった本の表紙——露出度の高い美少女キャラ——を見られて、女の子が「キモ...」と小さく呟いた。彼氏は苦笑いを浮かべて、彼女を連れて行った。


 そんな俺に、誰が興味を持つというのか——


『陽太くん!陽太くん!目ぇ覚ましてよ!』


 遠くから、声が聞こえる。


 はるかの声だ。でも、俺は無視した。


 もう、いいんだ。このまま、闇に溶けてしまえば——


 ものすごい引力を持つブラックホールのような闇が、全てを飲み込もうとしている。光の精神体として現れたはるかも、その闇に引き寄せられていく。


『陽太くん、思い出して!わいらの思い出ば!』


 はるかの必死な声が続く。


 思い出...?


 脳裏に、記憶が蘇る。


 初めて教室で見た時の、はるかの顔。黒髪が窓から差し込む光を受けて、きらきらと輝いていた。強烈な方言に戸惑いながらも、その瞳の純粋さに心を奪われた瞬間。


 東京タワーの展望台で、夜景を見て目を輝かせるはるかの笑顔。


「こぎゃんきれいな景色、初めて見た!」


 子供のようにはしゃぐ姿が、愛おしくて仕方なかった。


 月光の下、はるかの部屋で交わした契約のキス。


 柔らかい唇の感触。甘い吐息。初めて誰かと心が繋がった瞬間。


 いつも、はるかの笑顔があった。


 光の中で、はるかが手を伸ばしている。


『陽太くん、一緒に行こう。ずっと一緒におりたか...』


 涙を浮かべながら、必死に手を伸ばすはるか。


 その手が、温かく光っている。


 俺は、ゆっくりと手を伸ばした。


「俺も...ずっと一緒だ」


 はるかの手を掴んだ瞬間、温かい光が全身を包み込む。


 二人は抱き合い、そして——


 唇を重ねた。



 ***



 現実世界に、意識が戻る。


 重ねた唇から、ものすごい魔力が流れ込んでくるのを感じた。血管を通って、全身に力が満ちていく。まるで、生まれ変わったような——いや、本当に新しい存在として覚醒したような感覚。


 ゆっくりと、抱いていたはるかを離す。


 月光に照らされた彼女の顔は、涙で濡れていた。でも、その瞳には安堵と喜びが溢れている。


「ありがとう」


 俺は微笑みかける。


「全部、はるかのおかげだ。俺は君のおかげで変われたんだ」


 立ち上がり、倒れている紗夜先生のもとへ向かう。


 腹部の傷跡に手を当てる。すると——


 手から金色の光が溢れ出した。


 傷が光に包まれ、出血が止まっていく。破れた皮膚が、見る見るうちに再生していく。


「え...?陽太くん?どうして?」


 紗夜先生が目を覚ます。信じられないという表情で、俺を見上げている。


「はるかのおかげです。はるかが僕を助けてくれた」


 俺はゆっくりと立ち上がり、レンの方を向く。


 レンは、俺から溢れ出る魔力を感じ取って、明らかにたじろいでいた。


「お前...何だ?お前に何があったんだ?」


 金色の瞳が、恐怖に揺れている。


「貴様は...俺たちの心をいたずらに弄んだ」


 一歩、また一歩、レンに近づいていく。


「許すことはできない」


「来るなぁぁ!」


 レンが手から黒い波動を連射する。禍々しいエネルギーの弾丸が、俺に向かって飛んでくる。


 しかし——


 俺は軽く手を振るだけで、それらを払いのけた。まるで、煙を払うように。


 レンの顔が青ざめる。


 俺はレンの首元を掴み上げた。軽々と、まるで人形を持ち上げるように。


「降参すれば止めてやるが、どうする?」


 レンは歯を食いしばり、憎悪の眼差しで俺を睨む。


「お前なんかに詫びる方が恥ずかしいわ!」


 唾を吐きかけてくる。


 俺はそれを手の甲で拭い、静かに言った。


「そうか...」


 そして——


 思い切り、レンの顔面を殴りつけた。


 拳が顔面にめり込み、レンの体が砂丘に叩きつけられる。

 決着を、つける時だ。


【お礼】


 次回はとうとう最終回です!


 ここまでお読みくださった方、本当にありがとうございます。


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 これからも続けていけるよう、頑張っていきます。どうぞよろしくお願いします!

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