第11話 ふたりの食卓
◆◇◆◇◆
「――そういえば、あんたは食事は普段は摂らない派か?」
しょっぱい卵焼きとご飯を一緒にいただきながら、俺は尋ねる。ご飯は土鍋で炊き、おかずは卵焼きと漬け物、汁物は山菜のお味噌汁だ。あるものをかき集めたらそうなった。
このお屋敷の外には鶏小屋と小さな畑がある。そこからいろいろと頂戴するのだ。
「どうしてそう思う?」
彼の前にも俺と同じ食事が並んでいて、ご飯と漬け物をもぐもぐしている。
「指先、切っていたから」
「ああ……」
なお、彼の指はもう怪我のあとはない。それを見て、やはり人間ではないのだと確信した。
「不器用ですまないな」
「神力みたいなものでぽんっと食事を出すのが本来のやり方か?」
「そんな便利な力はないよ」
苦笑されてしまった。
そうか、そういう感じか。
彼はお味噌汁をすする。
「いやはや、料理の知識はあるが技術がイマイチでな。食事も摂る必要はないから、作っても食べるのが億劫で」
「美味しいのに」
「愛情の力は偉大だな」
「そういう方向の奇跡なのか……」
まあ、確かに美味しかったのは、彼が一生懸命に用意してくれたことが察せられたからだろう。疲れた身体に負担にならないように雑炊を選んでくれたことはとても嬉しかった。あのタイミングで懐石料理を出されても、手をつけることはなかったはずだ。
「そういうきみこそ、料理は手慣れているようだった。こういう生活だと外食が多くなるものではないのかい?」
彼が不思議そうな顔をして尋ねてくる。俺は涼しげに流すつもりだったのに、つい眉がピクリと反応してしまった。
「おっと、聞かれたくない話だったか」
目敏い。彼は話を流すつもりか、卵焼きを口に含んで堪能している。
「まあ、ちょっと、な。食事を作るのが俺の担当だったってだけだよ」
幼少期は特殊な事情があって、俺には親らしい人間が一緒にいてくれなかった。どうにか寝る場所を確保して、食事にありつくために料理を覚えた。それだけだ。
「へえ……。この卵焼き、出汁入りじゃないのに美味しいな」
「卵が新鮮だからじゃないか? 塩だけじゃなく、少し蜂蜜を加えるのが俺流だな」
「調味料に蜂蜜を用意しておいてよかった。採れる場所があるんだ」
「この調味料ってどこから来るんだ? 麓までは出られないんだよな?」
行動制限があるのだから、買い物に行くのは難しいだろう。どうしているのかと尋ねれば、彼は首を傾げる。
「自分で作ったのもあるし、知り合いのところに奉納されているのを分けてもらうこともある」
「知り合いがいるのか」
「僕みたいなのもいれば、人間もいる」
意外な情報だった。
「その知り合いの人間には取り憑けなかったのか?」
「それができればいいんだけどね。彼らは僕をここに縛りつけるための存在で、気軽に移動させてはくれなかったんだよね」
「ああ、なんとなく察した」
神社の偉い人みたいなのが抑え込んでいる感じだろうと俺は考えた。そこに留まってもらうために、世話を焼いているのだ。
「それに、ヨソモノじゃないと、移動できる範囲なんて大して変わらない。千年も生きているから、それなりに試したことはあるんだ」
「なるほど、だから俺を手放したくないわけだな」
「そうなる」
隠さずに明け透けに告げることが果たして誠実なのかは不明だが、彼はさらっと告げて頷いた。
「あんたが動いたら、この周辺に影響が出るんじゃないか?」
俺がふと気になって尋ねると、彼はニコッと笑った。
「そんなに神格が高いわけではないが、まあまあ影響は出るんじゃないかな。崖崩れとか、日照りとか、そういった環境への影響はあるかもしれない」
「それっていいのか?」
「きみが問題があると思うなら、問題はあるのだろうけど、僕にはもう関係のないことだよ。それに、ここには僕以外の神様がいる。彼らがどうにかしてくれるんじゃないかな」
この土地には愛着はないということのようだ。
「まあ、守りたいものがないなら、好きにすりゃあいいと思うけどな」
俺には留まっていたい場所などなかったから、聞いてみたくなっただけなのだ。どんな気持ちになるのか。
まあ、相手が悪いか。人間とは異なる道理で動いている存在に、普遍的な意見は出るはずもないし。
期待した自分が愚かだったのだろうと思うことにして、俺は食事を進めるのだった。
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