第12話 事故と取り違え
◆◇◆◇◆
食後に軽く汗を流して、俺たちは部屋に戻ってきた。
「雨は止んでいるが、まだこのあたりにとどまっておくべきなのか?」
次の仕事の都合もあるのでのんびりし続けられるような余裕はない。だが、契約していた民宿には自分は宿泊していない上に事故に巻き込まれているはずとまで言われるし、ここにとどまっていても食料はそれなりにあるから滞在していても問題ないしで、そこまで急がなくていいのはありがたいところだ。
俺が外をチラリと見やって尋ねると、彼は腕を組んだ。
「雨上がりは地面がぬかるんでいるし、それなりに降っていたから土砂崩れも気になる」
「道が塞がれている可能性があるってことか」
「僕が察知できる範囲は大きな変化はなさそうだけどね。きみを安全に麓まで送り届けたいし」
「まあ、戻ったところで、俺は宿がなくて困るんだがな……」
「そのあたりは調査できないのかい?」
彼が尋ねた。
「俺が泊まっている民宿の話か?」
「宿泊はしていないし、事故があったという話だよ」
確かに、あれから時間が経っている。検索しておいてもいい頃合いかもしれない。
「そうだな。調べておくか」
俺は携帯電話を取り出して、検索を開始する。まずは俺の名前がネットに出ていないか調べてみよう。
「……ん?」
ヒットした。
俺は新聞記事をスクロールしていく。
「おっと、昨日とは違う感触だな」
「バスの事故があったって」
「バス?」
「その事故で命を落としたリストに俺の名前がある」
「ん?」
彼は不思議そうな顔をした。そして、俺を指差す。
「幽霊?」
「不死身だったらオバケの方が近いだろ」
「どちらにせよ、実体はあるよ。この世のモノじゃないかな」
「保証してくれてサンキューな。だとしたら、なんらかの理由で俺の身分証か何かが誤認されてしまったのか……」
身寄りのない人間が俺だ。親戚は生きているはずなので辿る気になれば辿れるだろうけれど、わざわざ名乗り出てくることもなかろう。
そんな人間が、事故で誰かわからないほどに肉体を損傷していた場合、取り違えが発生することはあるかもしれない。
「結構大きな事故だったみたいだな。重体で入院中も多いようだ」
長距離バスと大型トラックの衝突事故のようだ。紅葉シーズンということもあってか、山に向かう長距離バスはほぼ満席だったことは俺も覚えている。予約を取るのが大変だったのだ。
「そのバス、きみも乗っていたの?」
「いや、乗り継ぎにしくじって、別の便になった」
遠回りをする経路になってしまって、それで予定よりも遅い時間に民宿にたどり着いたわけで。タクシー代を追加で払うはめになったことも思い出した。出費がかさんでいる。
「ふむ。キャンセルがうまくできていなかったのかな?」
「その可能性はあるな」
なんらかの理由で、バスの事故の連絡が民宿に伝わって、民宿の方はキャンセルされてしまったのかもしれない。迷惑な話だ。
「きみが巻き込まれていなくて良かったよ」
「物心ついた頃から悪運は強くて、こういう感じのはよくあったからなあ」
さすがに自分が事故に巻き込まれて死んだことになっていて宿をキャンセルされた経験はなかったが。
「悪運が強くても死なないための祝福なのでは……」
「そこまで好かれてもいないと思うぞ」
「急死に一生という状況を見届けるのが面白いのであって、好いているかどうかは意外とどうでもいいかもしれんがな」
「そういう方向か」
神様ジョークというものがあるなら、そういう類の何かのような気がした。迷惑千万である。
「――そういえば、インタビューする気があるなら来てくれとも言っていたな。ひょっとしたら、あのバスに乗っていてあの民宿に泊まるはずだった客が俺以外にもいたのかもしれない」
「がめつい人間であれば、宿泊客が減ってしまった分を穴埋めできると考えている可能性もあるかもねえ」
「まあ、風光明媚な場所ではあるからな。観光客がこの時期に減るのは死活問題だろう」
長距離バスはおそらく事故に遭ってしまった車両が毎日一往復しているスタイルだったのだろう。それが燃えて使えなくなったとなれば、俺のように遠回りして最寄りからタクシーでの移動しかない。宿をキャンセルしている客も多いに違いない。
「きみが知らないところで面倒なことに巻き込まれてしまっていたようだね」
「そっちは、まあ、あとで連絡を入れておく。間違いは訂正しておかないと、生きていることになっている人間が面倒だろ」
「そのあたりの調査と連絡は麓についてからで充分かい?」
「まだ現場は混乱していそうだし、そのうちに間違いに気づくかもしれない」
「だといいね」
彼は取り違えに気付かないまま処理されると思ったらしかった。にこっと笑顔を作られてしまうと、なんとも言えない。
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