第10話 激しい運動の後だから

 ◆◇◆◇◆



 もう一度目が覚めたときには陽はのぼり、一帯は明るく照らされていた。雨は止んだようだ。


「そろそろ腹が減る頃だろう?」


 俺が目を開けたのに気づいたらしい。状況を把握したところで声をかけられた。すでに彼は着替えを終えていたのだが、和装がとても似合うので素敵だなあと思った。まだ寝ぼけているのかもしれない。


「そうだな……激しい運動のあとだし」

「そ、そういうことを口に出す人か」


 焦った様子で、彼はそっぽを向いた。照れている、のだろうか。

 俺はむくりと上体を起こして大きく伸びをした。体の調子は悪くない。


「嫌なら控えるよ。ただ俺は、状況を確認したくてそう告げている」

「口に出すなら、惚気だけにしてほしい。勘違いする」

「ビジネスの間柄で居続けるために、か?」

「それがお互いのためだろう?」


 それもそうかと考え直して、俺は頷いた。


「じゃあ、本気になったときには、告るのを忘れないようにしないとな」

「期待させるようなことを言うな」

「だが、俺が手放したくないと思ったら、告るのは正しいだろ? けじめはつけるべきじゃないか」


 何をそんなに忌避しているのだろう。この関係も彼には建前で、目的は別にあるのだろうか。

 まあ、俺自身になんの価値もないし、呪いが解けて普通の人として消えることができればそれで充分なんだが。

 俺が疑問に思ったことをぶつけると、彼は俺を見て首を傾げた。


「きみの世界では男女でつがうものじゃないのか? 僕もきみも男性だ」


 そんなことを気にしているとは思わなかった。すでに身体を重ねた間柄だというのに。俺はつい吹き出して笑う。


「いや、気にすることじゃないだろ?」

「そ、そうなのか?」

「好きになった相手と結ばれるのが一番だ。そこに性別は関係ないと俺は思う」

「うむ……」

「なんで納得できない顔をしてんだ? 呪いの解明にしてはずいぶんと丁寧に優しく触れてくれたことには感謝しているんだが」


 これまで呪いとは関係なく散々な目に遭ってきたので、だいぶ身構えてはいたのだが、杞憂に終わった。行為に溺れないように線を引いてくれたことも、嬉しかったのだ。


「それは……ああ、いや、僕は無理矢理抱く趣味がないから、紳士的にあろうと思っただけだ。それに、暴れられでもしたら、証拠を見落とすし、呪いが意図しない方向に広がる懸念がある。危険を排除しようと思ったら当然だ」


 顔が赤いような気がする。彼は色白だから、赤みがさすのがわかりやすいのだろう。

 俺は小さく笑う。


「あんたは本当に慎重だな。もっと軽薄なやつかと思っていたのに」

「ああいう声掛けが一番反応がいいことを経験から知っていたからな」

「ほんと、ろくな奴が通らねえ場所なんだな……」


 彼の学習データは今後は使えないんじゃないかと心配する。使われていない祠なので、まともな人間はあの周辺を行き来していないのだろう。

 実際に即死の呪いがかけられていたわけだが、それ以外でも死んだ人間は多かったんだろうな……。

 山の奥深い場所、獣道とかろうじて言えそうな道を進んで辿り着く場所だ。その途中で足を滑らせて命を落とす可能性があった。


「どういう意味だ?」

「いや、気にしないで欲しい。食事、一緒に作っても構わないか?」


 俺が提案すると、彼は嬉しそうに笑った。


「ああ、喜んで」

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