第17話 地下水路バトル
薄暗い地底湖を、三人を乗せたボートが進む。
ちなみに漕いでいるのはオレだ。腰蓑まで着せられた上にこんな重労働、なんだか自分だけ損してるような気になってきた。
残る前後に分かれて座る二人は変わらずのん気なもので、まるでバカンスのようにそれぞれくつろいでいる。ある程度進んだら交代しろよ?
それはそうと、しばらくボートで進んでいてわかった事がある。いや、確信したと言うべきか。
……オレは泳げない。暗い水面が恐怖を増幅させるのはわかる、だがそれとは別に本能的な何かが水に落ちるなと頭の中で叫んでいる。
あれ、泳ぐってどうやるんだ? 考えてみればよくわからない。だいたい陸上で暮らす生き物が水の中で暮らせるわけないんだから、泳げなくても当たり前では?
「どうした、顔色が悪いぞ」
「いや、なんでも」
表情に出ていたのかグラリスに指摘された。ゴブリンの顔色なんて常に緑色だろうによくわかったな。
早いとこ水地帯を抜けてしまいたいがまだ先は長そうだ。どこに、というかどこまで続いているのだろう。本当にこの先で良いのかな。
「わあ、見て見て!」
こっちの気も知らずゴルナがはしゃいでいる。何をそんなに騒ぐ事があるんだ。
「おい、ボート狭いんだからあまり騒ぐなよ」
「でもほら、魚がいるわよ。こんな地下でもいるのね」
魚ね。そりゃあこれだけ水があれば魚くらいいるんじゃないか?
と思ったがオレの視界に入ったソレは思っていたものとは少々違った。小魚でも跳ねたくらいに考えていたのに、そこに見えたのは特徴的な背ビレのようなものだった。
そしてその背ビレはいきなり方向を変え、オレたちの乗るボートめがけて猛スピードで突進してきた。あれってやっぱり……!?
「ウソだろ!? サメかよ!」
背ビレの主がある程度突っ込んできたところで大ジャンプ。ボートを喰いちぎる勢いで攻撃を仕掛けてきた。
咄嗟に速度を上げたからその一撃は回避する事ができた。しかしあくまで手漕ぎ、急いではいてもそう何度も避けられるものではない。くそ、ボート用の動力も探すべきだったか。
それに今のやつ、サメですらなかったぞ。
「見た? 今の水グールだったわね、実際に見るのは初めてだわ」
やっぱりグールか。頭から肩にかけて魚のように一体化し、口が大きく裂けているという違いはあるがグールには間違いない。水場に適応した個体って事か? 背ビレからして指に水かきでもありそうだな。
なんて言ってる場合じゃない。遠くに見える背ビレの水しぶきがひとつふたつと増えていくのが見える。やっぱ、どう考えても一匹で済むわけないよな。
「急いで! ほら早く早く!」
「全力でやってるよ!」
必死に漕ぐけどやっぱ無理!
こっちの速度に対して水グールたちの背ビレがとんでもない速さで近付いて来る。こりゃマジでやばいぞ。ボートをひっくり返されでもすれば三人とも確実に魚のエサ、オレに至っては水に落ちただけで死にかねないんだからな。
「お前ら、何か手は無いのかよ!」
そう叫ぶと反応したのはガラリスだった。
「オッケー、んじゃいっちょ頑張るかね。二人ともしっかり掴まってな!」
掴まるだって? オレは漕いでるんだけど掴まったら漕げないぞ。
そう言おうとした刹那、ガラリスが大きく息を吸い込むと、ボートの後方目掛けて思いきり息を吹きかけた。
まるで吹雪、いや猛吹雪だった。暗黒の水路が一瞬で凍り付き、水中のグールたちも氷に閉じ込められた標本のように固まっている。水面に跳ねた奴はもっとひどい、ガラスの如くキラキラと輝く氷の槍で串刺しになっているんだからな。
「凄いな……これってマギ装術か」
「そういう事。あたいの『グラスブレス』、大したもんだろ?」
氷の術か、確かに凄い。周囲の水が凍りついたせいで気温が一気に下がっている。
うう、寒くなってきた。こんな状況で腰蓑姿なんてバカ丸出しだろオレ。
「カゼひきそうだ、今のうちにさっさと抜けよう」
ボートまで凍らなくて良かったと再びオールで漕ぎ始めようとしたその時、後方からピシッと嫌な音がした。
音だけじゃない、水面の氷がどんどん盛り上がっていく。嫌な予感がするのならその場から離れるのが鉄則、オレは全力でその場を離れようとひたすらに漕いだ。
でも現実ってそんなに甘くないよな。
「うわあっ! でで、出たあ!」
ゴルナが叫んだ。視線の先にはおなじみ水グール……じゃないな、なんだアレ!?
氷を砕いて何かがやって来る。でかいぞ、前に見たギガスほどじゃないが、やたらとでかい水グールがバタフライみたいな動きで向かってくる。
冗談じゃない、今度こそひっくり返されちまうぞ!
「ガラリス! さっきのもう一回頼む!」
「ゲホッ……、ちょっと大きく吐きすぎた、連続はムリ……」
何だって!? 大物が出た後でそりゃないだろ!
「ゴルナ! 何とかしろ!」
「ええ~、私ぃ? そりゃなんとかなるかもしれないけど……」
苦し紛れに聞いてみたんだけど何か策があるのか!?
「何でもいいから、打てる手があるなら打ってくれ!」
「わかった。……むひひ、余計に事態が悪化しても恨まないでねっ」
なんで笑った? どうしてそんなに楽しそうなんだよ。
まさか……ギャンブルスイッチが入ったとか言わないよな?
「出でよ! ジャックポットハンマー!」
突如、ゴルナの手に身の丈ほどもあろうかという金ピカに光るハンマーが出現した。
「さあヒリついてまいりましたぁ~! 生きるか死ぬかの一発勝負、どっせえぃ!」
飛び掛かる巨大水グール、迎え撃つゴルナ。そのハンマーがグールの顔面と正面衝突。
だが……軽い! 音も衝撃も。怯みもしないしダメージなんか全然なさそうだ。
「おい、オモチャかよそれ!」
「ジャックポットハンマーは直接の攻撃力はほぼ無いのよ」
「それもマギ装術なんだろ! どんな効果なんだ!?」
「ズバリ、私にも何が起こるかわからない!」
マジか~。そこまで精神性を反映させなくてもよくない?
特に何かが起こる様子も無いし、もうダメかと思った――その時だった。
ゴルナの懐からクッキーが一枚落ちた。落ちたクッキーがゴムボートの縁にある膨らんだ部分に当たりポヨンと跳ねた。跳ねたクッキーは待ち構えていたかのごとくそこにいた巨大水グールの口へと吸いこまれた。そして……。
「ギャアアアアア!!」
凄まじい咆哮に思わず耳を押さえた。
グールはこの世の終わりが来たような叫び声を上げながら激しくのたうち回っている。巨大な尾びれが水面を叩き、鉄砲水のような水流がゴムボートを飲み込む。
「うわああああ!」
まるでモーターボートだった。高速で押し流されるゴムボートに掴まるのが必死で周囲の状況なんか見る余裕が無かったけど、気付いた時には三人とも床の上に投げ出されていた。ひっくり返ったボートの下から這い出した時ほど地面の有難みを感じた事はないね。
「はは……水路が終わったか。助かったみたいだな……」
「どうやらラッキーが出たみたいだね。私たち三人とも強運の持ち主って事だよ!」
「もしラッキーが出てなかったらどうなってた?」
「もちろん、その場でアウトだったわね」
うわ、考えたくないなあ。
「というかさっき落としてたクッキー、オレに食わせようとしてたやつじゃないだろうな」
「だろうなも何も、私は二枚しか持ってないよ」
やっぱあれデスクッキーか、食べなくて本当に良かった。でかいグールがのたうち回るなんて、なんて物を持ち歩いてんだよこいつ。
「残り食べる?」
「いらない」
「だよねえ。当たり確実なんて面白くもなんともないよね」
「そうじゃねえよ!」
しばらくクッキーがトラウマになりそうだ。まさか市販品じゃないよな。
「あっ!」
ふと、ゴルナを睨んでいたらグラリスの声がした。
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