第16話 鬼と南国

 気配の主が近付いてくる。今度は明確な意思を持って、確実にオレたちのいる場所へと。

 さてどうするか。いっそ思い切って姿を見せるのもいいが、ここは慎重にいきたい。もう少し隠れながら相手の出方を伺ってみるとしよう。


「ほら、行きましょ!」


 様子を見るという判断をゴルナに伝えようとした。だが一瞬遅かった。

 ゴルナの意外に強い力に引っ張られ、オレの体は隠れていた場所から飛び出してしまう。


「おい、何するんだ!」

「だってもう見つかってるでしょ。こうなったらイチかバチか、どうなるか試した方が面白いじゃない」


 ……ダメだこいつ、ギャンブル気質が染みついてやがる。

 ええい、こうなってしまってはいたずらバニーの事なんかどうでもいい。問題なのは気配の主だ。

 隠れていた場所から飛び出した事により、向こうからゆっくりと近付いてくる相手の姿が良く見えた。まあ、当然だな。

 気配の主は若い女だった。スタジャンとスニーカーから活発そうなイメージを受ける。シャボン玉用のパイプを咥えているからやはりさっきのシャボン玉はこいつのだな。

 それにしても体格がいい、緑色でもないしゴブリンじゃなさそうだ。クインさまのような王族ゴブリンってわけでもないだろうし、何より特徴的なツノがある。

 こいつ、オーガか。

アオミからオーガ族は荒っぽい性格だと聞いている。さて、話が通じるか……。


「うわ~! やっぱり誰かいた!」


 しかし相手は思わぬ反応を見せる。

せっかく用心していたというのに警戒どころか敵意を探る暇すらなく、オーガの女はオレの姿を見るなり飛びついてきた。


「ぐえぇー!」


 さすがはオーガ、体格に裏打ちされたそのパワーは大したものだった。オレが小柄なゴブリンだという事もあって、機械にでも巻き込まれたのかのような衝撃がオレを締め付ける。


「ちょ……ギブ……!」

「おっと、悪い悪い」


 ……ふう、ようやく解放してくれた。

噂通りある意味荒っぽい、久しぶりに会う大型犬かこいつは。まあ敵意がない事は判明したから良しとしようか。


オーガの女は申し訳なさそうに頭をかき、それから改めて自分の事を話し始めた。


「あたいはグラリスって言うんだ。この地下で迷ってたから誰かに会えたのが嬉しくってつい、さ。いやー、それにしても助かったよ」


 グラリスと名乗ったオーガの女はオレたちの姿を見つけてずいぶん喜んでいるようだった。どういうわけだかこの地下で迷っていたらしいけど、いったいどこから迷い込んだんだか。


「あら、あなた運がいいわね! この迷路みたいな地下で私に会えるなんて凄い強運の持ち主だわ!」


 こっちはこっちでゴルナもやたら嬉しそうに話している。


「さあ! 私について来なさい!」


 道案内するのがそんなに楽しいのだろうか。それとも頼られて嬉しいのかな?

 ゴルナはオレとグラリスを引き連れ、胸を張って地下迷宮を歩き始めた。


「右手に見えますのはケーキ屋らしき店舗の残骸で~す。形が残っているものもあるけど食べないようにね」


 なんてガイドのような真似までやっている。言われなくたってそんなもの食べないっての。

 それにしても本当に奇妙な場所だ。瓦礫や残骸ばかりとはいえ、住人が多くいれば地上とそう変わらないかもしれない。まるで街をそのまま地下に沈めたような、そんな錯覚さえ覚えた。


「あっ!」


 そんな地下迷宮をしばらく歩いていると、先頭を歩いていたゴルナが唐突に声を上げた。


「どうしたっていうんだ? ……ああ、なるほど」


 驚いたように足を止めているゴルナ越しに前を覗き込むと、ゴルナがなぜ立ち止まったのかが理解できた。

 水だ。通路の途中から水が溢れ水路のようになっている。……いや、もっとだな。薄暗い事もあって先が見えない、下手をすれば地底湖くらいの規模があるかも。


「どうしよう、これじゃ通れないわ」

「他に道は無いのか?」

「さあ、わかんない。実を言うとほぼほぼ迷ってるから」


 ……あ? 今なんて言った?


「迷ってるって言ったか?」

「だってここが水没してるなんて思わないじゃない」

「お前ってやつは……!」


 ほんと、行き当たりばったりもいい加減にしろよ。今さら戻るわけにもいかないしどうするんだよ。


「あっはっは、お前ら面白いな! よし決めた、友達になろうぜ!」


 グラリスはグラリスでこんな調子だし。


「それは別にかまわないけど、これからどうするか考えてくれよ。あんただってこのままじゃ困るんだろ」


 すると、グラリスがふふんと笑った。


「困った時は落ち着いて周りを見てみるもんだよ。ほら、そこなんか使えるような気がしないか?」


 示された先は壊れた店舗らしきもの。

 そうか、何か使えそうなものを見つけようって事か。


「なるほどね」

「じゃ、さっそく見てみようじゃないか」


 他にアイデアもないので満場一致で店を探ってみる事になった。

 しかしここも例に漏れず廃墟だな。物が少ないので何の店だったのかわからない。ただ、他よりは比較的マシな状態ではあった。


「あっ! いいもの見っけ!」


 ゴルナの声がした。何か見つけたようだ。


「どうした?」

「ほら、これどうかしら」


 そう言って見せてきたのは……腰蓑だった。主に南国の観光地で見るようなアレだ。


「だから、コスプレ好きもたいがいにしろって言うんだよ!」


 あまりに空気の読まなさぶりについ締め上げてしまった。


「ぐえー。ま、まだ他にもある……」

「ん?」


 腰蓑に目を引かれて気付かなかったけど、よく見れば確かにまだあった。

 不思議な質感の箱……いや、何かが折りたたまれたものか?


「もしかして、これゴムボートか!?」


 意外や意外。まさかゴルナがこんな有用なものを見つけるとは思わなかった。

 広げてみれば破れもなくちゃんと機能しそうだし、ご丁寧にオールもあった。三人が乗るには少々狭いが問題はないだろう。

 この店はスポーツ用品店には見えない、おそらく観光案内とか旅行会社だったのだろう。バカンス的な雰囲気を出すための小道具が運良く残っていた感じかな。


「いや悪い。またふざけてるのかと思って」

「……ん」


 謝るオレにゴルナが無言で腰蓑を差し出す。


「……まさか、履けとおっしゃる?」


 ゴルナは無言で頷いた。

 くっ……。そりゃあボートを見つけたのはゴルナだし、早とちりで締め上げたのは悪かったけど、この状況でそれをやれっていうのか!?


 履いた。

 だってそうしないと一歩も先に進めない感じだったから。こんな所で足踏みしている場合ではない、早く地上に戻るためにはやむを得なかった。


「おっ、かわいいじゃないか」

「……うるさい」


 ボートの用意をしていたグラリスに笑われつつも、してやったりとゴルナにニヤニヤされつつも、オレたちはボートに乗って地底湖に漕ぎ出した。

 うう……屈辱だ。

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