第15話 不思議な地下通路
落ちた先はそこそこ広い通路がずっと続いている場所だった。わずかに通れる部分と、その横には水が流れている大きな溝がある。どうやら地下水路のような場所らしい。
「ふうん、この地下水路を通っていくのか」
するとゴルナが指を振った。
「チッチッチ、これだからシロウトはダメね。こんな所をのん気に歩いてたらすぐ見つかるに決まってるでしょ」
謎の上から目線とドヤ顔が微妙にムカついた。
「じゃあどうするっていうんだ? わざわざ穴まで掘ってここに来たんだろ」
「もちろん、ここはあくまでカムフラージュを兼ねた中継地点よ。プロはここからが違うわけ」
そう言うとゴルナは壁に向かって歩き出す。どう見てもただの壁だったが、何やらガチャガチャといじる音が聞こえたかと思えば更に下へと続く抜け道が現れたではないか。
「おいおい、また抜け穴かよ」
「その通り。追手もまさかさらに下があるなんて思わないでしょ?」
二重の抜け道か、確かにこれなら追手を撒くのにちょうどいいかもしれない。穴を抜けて降りるとゴルナが壁を戻した。アフターケアも万全というわけだ。
だがそれよりも……何だここは。
ゴルナに連れられ降りた地下。そこはオレの想定に反するような場所だった。
何と言ったらいいものか。地下道、いや地下街か? すでに廃墟となっているものの、そこはまさに地下の街。店舗などが瓦礫に紛れ立ち並ぶ場所であった。
物が多く散らかっているうえにボロボロなのは地上とさほど変わらないが、薄暗く気配が感じられないぶん不気味さは圧倒的だ。
「こんな場所があったのか」
思わず驚嘆の声を漏らすと、ゴルナが何故か誇らしそうな顔をした。
「凄いでしょ。ゴブリンでも一部の者しか知らない秘密の地下迷宮よ」
「迷宮?」
「具体的に何なのかは誰も知らないけど、いつからかそう呼ばれてるの。大小さまざまな道があちこちに延びてて、上手くすればここを通っていろんな場所に抜けられるわ」
「トラッシュシティのどこにでもか」
「それどころか他の街にでもよ。私は試した事ないけどね」
よくはわからないが、この地下道はガラクタ世界の地下いっぱいに張り巡らされているらしい。ここを通って行くのか、確かにそれならどこへでも行けそうだ。
「どこへ向かってるんだ?」
「とりあえず妹のところかな。ほとぼりが冷めるまで厄介になるわ」
妹がいるらしいな、ゴルナと似ているのだろうか。なんだかゴルナが一方的に迷惑かけていそうな気がする。あくまでそう思うだけだけどね。
それにしても廃墟の地下道とバニーガールというのはなんとも似つかわしくない。というかいつまでその格好なんだか。
「なあ、その格好だけど」
すると、コスチュームの話題に触れた途端にゴルナのにこやかな表情がより一層嬉しそうなものへと変わった。
「あー、わかる? わかっちゃう? これいいでしょ、やっぱりカジノと言えばバニーガールよね。そういうものだって書いてあったし」
「何にだよ。……ここはずいぶん荒れてるけどずっとその格好なのか?」
「そうよ。運命のあの日、ガラクタの中からこの衣装を見つけた時に私のやるべき事がわかったの。刺激の無い日々とはもうサヨナラ。ガラクタの中からカジノっぽいものを見つけては修理し、時にアオミにお願いしたりして。そうやって私のカジノを開いたんだから!」
オレの言う「ずっとその格好なのか」とは「荒れた場所をその格好のまま探索するのか」という意味だったのだが、どうもゴルナは四六時中この格好をしているようだ。そう言えばモモロモも似たような事を言っていたな、ゴブリンは形から入るやつが多いらしい。
それから、短い付き合いだがこいつの精神性が少しわかった気がする。
「ねえ、クッキー食べる?」
そうゴルナが言った。
「なんだいきなり」
「お腹が空いてるかと思って。でもタダじゃあげられないわ。右のクッキーと左のクッキー、さあどちらを選ぶ?」
ゴルナが両手に一枚ずつ持つそのクッキーは、見た目には全く同じように見えた。
「違いがあるのか?」
「もちろん。片方は美味しいクッキーだけど、もう片方は悶絶必至のデスクッキーよ。見た目ではわからない大勝負、さあどっち!」
「さあどっち、じゃねえよ」
「なんで~、楽しくない? もしあなたが美味しいクッキーを引いたら、私はわかっていながらデスクッキーを食べなきゃならないの。それって最高に面白いでしょ?」
このゴルナというゴブリン、行動の指針がスリル……いや、ギャンブルか。天国と地獄が板切れ一枚で隔てられている、そんな状況を好むようなフシがある。
「……いらない。腹減ってない」
「そんな~」
結局クッキーは断った。あからさまに残念そうな顔しやがって。
こいつがどう生きるかなんてどうでもいいけど今は同行者、それも案内している方だ。このまま付いて行ってもろくな事にならない気がするのは思い過ごしか?
「それじゃあ……」
あれこれ考えているとゴルナがクッキーをしまいながら振り返った。
「あなたの事を教えてよ。どこから来たの? まさか禁域から来たなんて言わないよね?」
「禁域……って何だ?」
すると、その一言でケラケラと笑っていたゴルナが急に真顔になり、信じられないものを見るような目でこっちを見た。
「えっ、本気で言ってる?」
「引くなよ。記憶が無いって言っただろ、そういう事も忘れてるんだよ」
「あ~、そんな事言ってた気がするわ。なら、このゴルナちゃんが教えてあげるわね。禁域っていうのは――」
ゴルナの話では、禁域とはこのガラクタ世界のはるか北側にあるエリアらしい。地続きではあっても険しい地形や奇妙な自然現象、何よりゴブリンにさえ有害な濃度のマギリアが侵入者を拒む。まさに誰も寄せ付けない禁断の地というわけだ。
「で、唯一比較的安全に入れると言われているのが、王城から続く秘密の道ってわけよ」
「王城……というと、あのクインとかいうやつがいる所か」
「切らなくていいよ、『クインさま』でひとつながりだから。で、この世界に法なんてあってないようなものだけど、禁域に行きたかったらクインさまの許可が必要なのよね。まあそんな物好きはアオミくらいのものよ」
「アオミが?」
さまで切らないという意外な情報に加え、ここで数少ない知り合いの名前が出るとは驚きだ。
「ああ、アオミと仲良いんだっけ。理由は知らないけど、あの子何度もクインさまに申請しては却下されてるんだってさ」
そうなのか。しばらく一緒に暮らしていたけどそんな様子はなかったし、特に話も聞いてはいない。あまり知られたくないのか、もしくは単に機会がなかっただけか。……まあ、どっちにしてもオレには関係のない事か。協力を求められれば手を貸すくらいだな。
それにしても、アオミ……か。脱獄してきちゃったけどどう言い訳したものか。というかまともに会えるのだろうか、けっこう心配になってきた。
「あ、見て! でっかいソフトクリームのおもちゃ! こういうのってテンション上がるわよね~!」
首謀者であるゴルナはこんな感じだし。
このまま付いて行っていいのか疑問が頭の中で大きくなってきた。……その時。
「……!」
何かいるな。間違いなく生物、ある程度以上の大きさのやつがいる。
気配を感じたオレは咄嗟にゴルナを抱えて物陰へと滑り込んだ。
「わわっ! ちょっ、こんな所でやめてよ! せめてもうちょっとキレイな場所で……」
「バカな事言ってる場合か。……何かいるぞ」
小声でそう伝えるとさすがのゴルナも大人しくなった。まったく、変な事ばっかり言いやがって。
「おい、この地下通路に誰かいる可能性はあるのか?」
「なくは……ないわ。地下に住んでるはぐれ者がいる。でも彼らの集落はもっと遠い、物資を探すにしてもこの辺りまでは来ないと思うんだけど」
「そいつらだったとして、話の通じる相手か?」
「どうかなー、上で暮らせないような連中だからね。運が悪けりゃいきなりアウトかも。あ、もしかしたらグールが入り込んでるのかな? あいつらどこにでも現れるのよね」
「マジかよ」
全くもって安全とは程遠いな。正直言ってこの状況、よろしくないぞ。
「でもあなた強いんだから大丈夫でしょ」
「……今は丸腰だ、相手にもよるがどれだけ対処できるか保障しかねる」
「そうなの? あはは、それは危険ね、ゾクソクしちゃうわ」
危険だという割には嬉しそうじゃないか。
そんな話をしている間にも気配の主が近付いてくるのがわかる。足音からして靴を履いている、グールではなさそうだ。少し歩いては立ち止まり、また少し歩く。フワついた歩き方だな……何か明確な目的があるわけじゃないのか?
「あ、ねえ見て」
ゴルナの言葉にその方向を見ると、そこに何かが漂っているのが見えた。
「……シャボン玉?」
視線の先でちょっとしたボールくらいのシャボン玉がフワフワと漂っている。
こんな場所でシャボン玉? 考えられるのは気配の主が作ったとかそんなところか。
シャボン玉はごく普通にただフワフワとゆらめき、その動きに不自然さはない。いくつかある玉のひとつが僅かな空気の流れに押され、ゴルナのウサギ耳に当たって弾けた。
「いひゃっ!?」
その途端、ゴルナが大きな声を上げた。
「バッ……、何大声出してるんだ」
「だって、ヒヤっとしてびっくりしたんだもの!」
確かにシャボン玉の割れたあたりの空気が少しひんやりしている。だからって隠れてる最中にそんな叫ぶ事はないだろうよ。
「おい、そこに誰かいるのか?」
……ほら、思いっきり見つかったじゃないか。
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