第14話 牢獄ウサギ
……白く深い霧がかかっている。また、この場所か。と言ってもここがどこなのか見当もつかないのだが。
ただ、今回は少しだけ周囲の様子が見て取れる。金属の壁に金属の床、訳の分からない機械も置いてある。宇宙船にでも迷い込んだ気分だ。
なぜか普段よりも視界が高い位置にあり落ち着かない。オレはそのまま何かに誘われるように無機質な廊下を歩いて行った。
(なぜ……さなかった)
どこからともなく誰かの声が聞こえる。オレを責めるような不快感たっぷりの声が。
(それでも……なのか……この責任は……)
相変わらずよく聞き取れない。
誰かがオレに語り掛けているのか、それとも……これはオレの記憶なのだろうか。はっきりとした事は何もわからない。ただ確実なのは決して良いものではないという事だけだ。
金属の扉が開き、これまた奇妙な部屋に出た。相変わらず機械まみれ、それに独特な嫌な感じもする。病院とかそんな感じが。
そこであるものが目についた。部屋の中央に置かれたベッド、いやカプセルか。オレはそれが妙に気になって仕方がなかった。
透明なケースごしに中を覗き込むと誰かが寝ていた。誰だろう、見覚えがある。赤い髪に緑の肌。……これは、ゴブリンか。いや違う、ただのゴブリンじゃない。
これは……“ゴブリンのオレ”だ。
いや待てよ、そんなわけないだろ。じゃあ、それを見ている“オレ”は何者なんだ?
オレは……何なんだ?
***
透明なケースに自分の顔を映そうとした瞬間、オレは目を覚ました。
……やっぱり、夢か。時々見るあの夢、やはりオレの記憶に関する事なのか。あれを見た後は非常に嫌な気分になる。思い出すのがいい事なのかわからなくなってくるくらいには。
えっと、ところでオレは何をしていたんだったか。
カジノ前でケンカになって、でっかい怪物が現れて……。ああ、そうだ。そのケンカになった相手がここの王様だったんだ。
それで怪物を倒した後に……ええと、記憶がはっきりしないんだけど確か何かが触れたような気がしたんだよな。
落ち着いて周囲を見た。薄暗い閉鎖された空間、ここが何かと聞かれれば十人中九人は牢屋だと答えるだろう。
そこで目を覚ますというこの状況、これは失神させられてここにブチ込まれたと考えるのが妥当だろうな。あー、そういえば不敬罪だとかなんとか言ってたような気がする。
あと荷物がない。いや、正確にはもともとほぼ何も入れていなかったバッグはあるけど武器として持っていたナタが無くなっている。捕まっているのだから当然なのだが。
「目が覚めた? ずいぶんうなされてたわね」
状況を整理するオレに話しかける者がひとり。
ここは牢屋だが独房ではないらしく、オレのすぐ横にはもう一人ゴブリンが収監されていた。
「……ん? あんた、どこかで……」
話しかけてきたゴブリンには見覚えがあった。
ああ、こいつカジノでクインさまとやらに絡まれてたやつだ。間違いない、そのブロンドの髪と、何より今でも着続けているバニーのコスチュームが特徴的すぎて見間違えるのが難しいくらいだからな。
「あんた、カジノでクインさまに絡まれてたやつか」
「あら、覚えてた? 私はゴルナっていうのよ」
「オレは……アカリだ」
「そうそう、アオミもそう言ってたね。いやー、見てたけど凄かったね」
このゴルナというゴブリンもアオミの知り合いなのか。どうやらギガス襲来の際も逃げずに見ていたらしいな。
「まあな。でかい相手にはそれなりのやり方があるんだよ」
「そうじゃなくて、クインさまにケンカ売るゴブリンなんて初めて見たって話よ」
……なんだ、そっちか。先走って偉そうな事言っちゃった、ちょっと恥ずかしいじゃないか。
「そんなに珍しいのか?」
「そりゃあね。王様だし、度を越して強いし。まあそのおかげで私たちは平和に生活できてるんだけどね。クインさま様々、なんちゃって」
確かに、あいつの強さは底が知れない。できればもう一度戦って確かめてみたいものだが……。
「んで、あなたってどうして捕まったの?」
考え事をする間もなくお喋りなウサギが話しかけてくる。牢屋でヒマだったのかもしれないけど、あまり立ち入った話はするもんじゃないぞ。
しかしゴルナの問いかけが引っ込む様子は無い。表情からして興味が隠しきれていない、これ答えないと終わらないやつだな。
「確か、不敬罪とか言われたな」
「……ぷっ、何それ! あははは!」
「そんなにおかしいか?」
「そりゃそうよ、そんなの聞いたことないし。だいたい不敬罪なんてあったら住民の半数以上が牢に入れられてパンクしちゃうって!」
「そんなに?」
ゴルナは腹を抱えて笑っている。平和の守護神にしては人望ないな。
あー、でも確かに変なやつっぽかったからな。強さと敬意は両立しないのかも。言い換えれば民と距離が近いと言えなくもないし、それで上手くいってるのならオレがどうこう言う事でもないけどな。
さて、オレだけ捕まった理由を言うのは不公平だ、せっかくだしゴルナにも聞いてみるか。
言うほど興味はないんだけど。
「で、お前はどうして捕まったんだ?」
「私? 私は無許可で高レートの賭博をやってるのが見つかったの。いやー、運が悪かったわ」
普通に犯罪だった。いや、この街の法律とか知らないけど。
「なんだ、お前もクインさまとかいうのに取り締まられたのか?」
「クインさまはうちの常連だよ。むしろお目こぼししてもらってたんだけど、入れ違いでお堅いお偉いさんが来たからこの有様なの。あーあ、ギガスが出なけりゃなー」
なんというか、色々とムチャクチャだな。
王様が違法カジノの常連? それでいない時に取り締まられたって? 実際に会ってみたわけだが本当に王様なのかあいつ。
「と・こ・ろ・で」
クインさまの事を考えていた時、ゴルナが急に顔を近付けてきた。
「なっ、なんだよ」
「私の心配より自分の心配したほうがいいんじゃない? あなたけっこうヤバいかもよ」
突如オレの方に話をぶっこんできたな。一体どういう意図があるのだろうか。
「ヤバいって、どういう意味だ」
「だってあなたクインさまの事も知らなかったし、見た目もちょっと変わってるし、どう考えたってよそ者でしょ?」
「……まあ、そうなんだろうな。ついでに記憶もないぞ」
「あら、それはお気の毒。それで話を戻すと、そんな怪しいゴブリンをありもしない罪状で拘束するって変じゃない?」
「ん……」
「これはもしかすると、もしかするかも」
「もしかって何だよ」
聞き返してもゴルナは答えなかった。気の毒そうな顔をしたり含み笑いをしたりと言葉を発しなくても表情が忙しいのがムカつく。
でも、そう言われるとちょっと不安になってきた。本当にどうしてオレは捕まってるんだ?
今は周囲に誰もいないようだ、って不用心だな。だがあのクインさまがやってくれば実力ではとても敵いそうにない。正面から脱出するのは難しいだろう。
しかしこのまま何かを待つっていうのもな……何されるかわからないわけだし。どうしたものか。
「ねえ、脱獄しちゃう?」
考えるオレにゴルナがささやく。だから、それが無理そうだって考えてるんだよ。
「無茶いうな、一瞬で取り押さえられそうだぞ」
「ふっふーん、心配ご無用!」
そう言うとゴルナはベンチの陰にある床の石をいくつか外してみせた。するとそこにゴブリンひとり程度なら通れそうな抜け穴が顔を出す。
「おい、これは……」
「私ってわりと常連だからさ、これくらいは簡単にできちゃうわけよ」
「自慢する事かよ」
こんな所に抜け穴を作るとは、ここのセキュリティはかなり甘いんだな。
でもこれで抜け出すのは可能になった。後は実行するかどうかだが……。
「ほら何迷ってるの。いつだってイチかバチか、ゴブリンは度胸よ!」
「うわっ! おい、押すな!」
抜け穴の様子を見ながら迷っていると思い切り背中を押された。その拍子にオレの頭がすっぽりと抜け穴にはまってしまったじゃないか。
「ぐぐっ……ぬ、抜けない」
どうにもうまくはまってしまったらしく、引き抜こうにもびくともしない。
そしてそんな時だというのにオレは後ろから物理的な圧力を感じていた。
「引いてもダメなら押してみなってね。ほらほら、後がつかえてるんだから!」
「だ、だから押すなって」
「あなた体格いいけどお尻はかわいいのね」
「気持ち悪い事も言うな!」
ジタバタともがくオレの尻をゴルナがぐいぐい押してくる。そのうちにだんだんと体がずれていき、ゴルナの言う通り押した事によりオレの体は穴を通り抜け下に落ちた。
通り抜けちゃった……まだ脱獄するって言ってないのにどうしてくれるんだ。
「ほっ」
「ぐえっ」
おまけに上からゴルナが落ちてきて押し潰される始末だ。
「いてて……」
「ごめんね、あなたが大柄だから手こずっちゃった」
まったく散々だ。落ちてきた穴は高い位置にある上に通るのがギリギリの大きさ、ここから戻るのは難しいだろう。
はあ……まあいい、落ちてしまったものは仕方がない。他に選択肢もなさそうだ、覚悟を決めて脱獄するとしよう。
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