第十話「偽りの愛と本物の殺意」

午前9時、黒井はいつもより遅く起きた。今日は午後出勤の日だ。彼女が隣で眠っている。夜のあいだ、何度も体を絡めていた。これは彼女への愛情からではない。むしろ、ステータスを守るための義務的な行為だ。彼女がいなければ、社会での自分の立場は揺らぐ。だから、振られないように、求められれば応える。ただ、それだけのことだ。

「今度の復活祭、どうするの?」彼女が目をこすりながら訊いた。

黒井は薄く笑い、答えた。「みんなが行くからさ。俺も顔を出すつもりだよ。」

本当は興味がない。ただの形だけ。だが、世間の波に乗り遅れたくはない。それが社会で生きる条件だった。

ゆっくりと朝食を済ませ、支度をして会社へ向かう。地下鉄の混雑に揉まれながら、彼の頭の中ではまた殺意が蠢いていた。殺せなかったあの二度の失敗が、黒井を苛立たせる。だが今日は、別の問題が彼の前にあった。


会社の受付には、またあの加納探偵がいた。黒いスーツに整えられたカバン。加納は黒井に微笑みながら近づき、「黒井さん、おはようございます。少しだけ話しましょう」と声をかけた。

しかし、今回は質問は少なかった。まるで雑談のように、軽く世間話を交わしながら菊池の話題が出る。

「まあ、そのうち出てくると思いますよ。仕事の疲れから、海外にでもリフレッシュしに行っているのではないでしょうか」と加納は軽やかに言った。

黒井はその言葉に内心で嘲笑う。こんなに都合の良い嘘が世間に通っていることに驚きはない。むしろ、この世界はあまりにも平和すぎて、どこか不気味だと感じていた。

「そうですね……まあ、そうだといいですけどね」黒井は無関心に答え、加納との会話を終えた。



日が沈み、街は「復活祭」の熱気に包まれていた。黒井は何人かの同僚や部下とともに居酒屋で酒を飲んでいた。その中で、見知らぬ女性と隣り合わせになった。

彼女は笑顔を絶やさず、黒井に話しかけた。自然と会話が弾み、祭りの人混みを抜けて、賑やかな屋台の灯りから離れたソファのある静かな場所へと移動した。

しかし、その前に黒井は覚せい剤を決めていた。興奮と冷静が混ざり合う中、彼は突然口を開く。

「実は、女の解剖が趣味なんだ。俺、精神異常だって知ってる?」その言葉はまるで呟きのようだった。

女性は一瞬たじろいだが、すぐに笑い飛ばした。「冗談でしょ?あなたって面白いわね。」

彼女の笑顔が黒井には滑稽だった。彼女は本気にしなかった。その無邪気さが、どこか痛々しい。

祭りの喧騒の中、二人は歩みを重ねていった。女性は、過去に恋愛で傷ついた経験を話しながらも、黒井に感謝の言葉を告げた。

「あなたのおかげで、恋愛が怖くなくなったみたい。昔はすぐに振られてばかりだったけど、今は違うの。」

その言葉に黒井は微かに眉をひそめるだけで、心は動かない。彼女の存在は、ただの表面上の彩りに過ぎないのだ。

彼の心を占めているのは、ただ一つ。

「早く、殺したい。」

彼女がどんなに褒めても、彼の邪悪な内面はそれを跳ね返し、鋭く殺意だけが増していく。


二人は彼のマンションへと向かう。暗がりの中、冷たい空気が二人を包み込む。

終わりを告げるのはまだ先のことだった。

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