第7話【第二章】
【第二章】
今日見た夢は、なんだか奇妙なものだった。
亡くなった知人が夢に出てくる、ということはよく起こるもの。当然、生前の姿でだ。この夢に出てきたその女性もいつも通りの背格好で、薄っすらと笑みを浮かべていた。
では、何が違和感の原因なのか?
「これは……」
(あっ、気づいた? トシくん)
「あ、ああ、恵美……」
(よかった。最近睡眠のリズムが乱れていたでしょう? 今日はどうしてもトシくんとお話ししたかったんだけど、しっかり眠っていてもらわなくちゃいけなかったから、ちょこっと心配してたんだ)
「そうか。悪いな、心配かけて」
すると恵美はふっと表情筋を緩めた。
(こんなにはっきりとした意識の中で話すのは、トシくんが初めて)
「確かに、ここまでクリアに発音できるのは初めてかもな」
そう言った瞬間、何の前触れもなく、俺の脳みそが覚醒した。この夢、何かがおかしい。
明らかに夢と現実の境界線が重なり合い、複雑な構造を成している。
このクリーム色の床も、真っ青に開けた空も、色のない雲も、完全に常識から外れている。
「な、なあ恵美、ここってどこなんだ? 今までお前の夢を見ていた時とは何もかも違うぞ! ああいや、違うっていうか……。ここは、いつの時代のどこなんだ?」
(いいんだよ、トシくんはちゃんと今、こうして私の前にいるんだから)
その言葉に、俺は鉄棒の先端で、どくん、と心臓を突かれるような衝撃を覚えた。
こんなに明瞭な意思疎通が可能なはずがない。そう、たった今のような。彼女の不思議な笑みに引きつけられるようにして、俺は夢を見ていた。
もし恵美との意思疎通が可能になったのだとしたら、恵美は俺よりも先に、家族や友人の夢に出るべきなのだ。
それなのに、どうして俺なんだ? 何故俺なんかと話をする?
(よかった……。本当によかった! ちゃんとトシくんと、こんなにはっきり話ができる……!)
「なっ、何言ってんだよ! だって君は――!」
(……仕方なかったんだよ。私が死んじゃったのは)
溢れてくる混乱や苛立ちを、俺はどうにか呑み込んだ。
恵美が命を落としたのは、決して恵美が悪いわけではない。恵美に責任はない。では、責任はどこの誰にあったというのか? 考えすぎたかな。
「はあ……。恵美、それで、今日話したかったことって?」
(うん、私も自分を落ち着かせてみるね。……オーケー、これから私が言うことをよく聞いて)
俺もまた、ぐっと顎を引いて頷いてみせた。
(霊体として一度私は天国に渡ったのだけれど、幽霊とか魂とかいうものがあまりにも集中して、パンク状態なのよ)
「パ、パンク?」
天国が幽霊でパンク? なんじゃそりゃ。
頭上にクエスチョンマークを浮かべる俺に、今度は恵美が大きく頷いた。
(パンクっていうのは比喩だけど、入り口で幽霊が押し合いへし合いしてる状態。そして居場所のない幽霊が、脱出口を求めて現世に逆戻りしてしまっている。これって、かなり大変な状況なんだよ?)
「そ、そりゃあ……。え、待ってくれよ!」
そうか。幽霊も悪霊も、天国や地獄へ逝きたくても逝けないのだ。
だから、彼らは現世に身を置くしかない、というわけか。
「じゃ、じゃあ、俺たちが幽霊たちを攻撃して追い払っているのって……?」
(それこそ、無理やり現世から別な世界に転生させようとしている、という行為に他ならない。あなたの友人、芹山博士が作った対幽霊用特殊弾頭や格闘戦装備は、ぎゅう詰めの満員電車に一人、また一人とお客さんを押し込んでいくようなものなの)
つまり、目の前から幽霊を殲滅できたとしても、すぐにまた別なところに現れてしまう、ということか。
(霊的なものは神に繋がり、神とされた過去の偉人たちは、そのほとんどが怒りを抱き、荒ぶる神として具現化する。いくら昔から天国や地獄にいるからといって、無理やり追い出されることがないとは言い切れない。私が幽霊になってのうのうと過ごしている裏では、そんなことが起こっているんだよ)
俺は思わず、自分の頭に爪を立てた。そのままガシガシと掻きむしる。
「……どうしたらいいんだ」
(う、うん……)
「それじゃあ、亡くなった人は――中には悪党だっているだろうけど――、どうしてやれば気が済むっていうんだ? 生者にしても死者にしても、どんどん居場所がなくなっていってしまう!」
焦って早口になった俺の言葉を、恵美は真正面から受け止めた。
(ごめんね、トシくん。そちらの世界で、誰かがあなたを呼びにきてる。私は一回天国に戻るから、またの機会に)
「つ、次? 戻っちゃうのか? 待ってくれ、俺にだってもっと話したいことが――」
と言いかけて、俺は自分の全身が、背後から寝かされる格好で奈落へ落っこちていくような感覚に囚われた。
※
「うわっ!?」
俺は目を覚ました。最後に視界に写っていたのは、こちらを一瞥しながら背を向ける恵美の姿。そうか。やはり俺はまた夢を見ていたんだな。
しかし、夢? あれが夢だったというのか? いや、もしただの夢だったとしたら、どんどん頭から記憶や情報が失われていくはずだ。
だが、実際そんなことは起こっていない。むしろ、次々と記憶が明瞭になっていくような気配さえある。
俺ははっとして、兵士たちに配布されている小型のノートパソコンを展開した。
自分が疑問に思ったことと、それに恵美が答えた内容。それらを我ながら凄まじい速度で文章に起こしていった。
「これが……、幽霊の巻き起こす現象を止めるきっかけになるのか?」
不確かではあるものの、芹山や大野三佐にだったら相談できそうだ。少なくとも、頭ごなしに否定するようなことはしないだろう。
※
パソコンに向かい始めてから、おおよそ二分後。リンリン、と涼しげな音を立てて、部屋のドアのチャイムが鳴った。来客らしい。ああ、恵美が言っていたな。もうじき誰かが俺を呼びに来る、と。
その『誰か』の想像がついてしまい、俺は目を両手でぐしぐしと擦った。
居留守を使うわけにもいかないし、嫌なことはさっさと片づけてしまうとしよう。
「はい、こちら佐山三等陸尉」
《ああ、佐山三尉? どうしたんですか? もう佐山三尉以外の第一小隊は全員が集合してますけど》
どうしたもこうしたもあるか。自分からも名乗るべきだろうに。そもそも、今日はどうしたと訊かれても困る。何かあったのか?
「その声、市川陸曹長だな? どうしたんだと言われても、正直困るんだが」
《困るも何も、住宅街の近くで幽霊……というか、霊体から構成された怪獣が現れたんです! あたしはあなたを呼びに来たんです、佐山さん!》
「なっ! え? あぁ、えぇえ!?」
これほど狼狽えたのは、生まれてこの方初めてかもしれない。
《皆はもう人員輸送車で出動しました! あたしたちはジープで向かうことにしましょう!》
まさか、作業に没頭しすぎて出撃のサイレンを聞きそびれたというのか?
「了解、すぐに向かう」
それだけを告げて、俺は急いで市街地用の迷彩服を引っ張り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます