第3話


         ※


 俺たちがいかなる立場の人間なのか? 簡単に言えば、陸海空自衛隊それぞれの組織から選抜された外郭部隊、防衛省直轄の『対非生物陸戦部隊』の構成員である。


 自衛隊というのは、『生物(大方は人間)』による殺傷行為を武力制圧するための組織。しかし、俺たちの相手は『非生物』。そいつらによる行為を前もって食い止めるのが任務なのだ。


 では、『非生物』とは具体的に何なのか? 簡単に言えば幽霊である。半強制的に成仏させることで、心霊現象が発生するのを妨害する。この場合、一般の自衛隊と類似の命令が下される。その統括者は明確にされていない。


 リーダー不在の武装集団など、一歩間違えればテロリスト。だが、仮に市民に勘違いされようとも、俺たちは戦い続ける。

 それほど『人間の死』というものに触れてきてしまったからだ。


 復讐を胸に誓っている者がいる。自死した家族への贖罪を望むものがいる。

 では俺、佐山俊之はどうなのか……? いや、幌付きジープに搭乗した時から、作戦は開始されている。自問自答はまた後で行うことにしよう。


 トラックの助手席に座った大野三佐が、振り返って指を立てた。数は四。

 あと四分で戦闘開始、ということか。俺は自動小銃に弾倉を叩き込み、予備弾倉の数を確認。ふむ、これだけあれば十分か。手榴弾も並行して使用すれば問題あるまい。


 隣では、久弥が初弾を装填するところだった。流石に手慣れているな。

 だが火器の扱いが上手いのと、現場での立ち回りが巧みであるのは、まったく違う。


 勘や本能、それに運の良さが、銃把を握る人間に求められるのだ。

 そういったことを、久弥には分かってもらう必要がある。


 かといって、あと四分(時間経過に伴い、正確には三分)でそれを伝えるのは不可能だ。久弥には悪いが、今日の実戦から経験していってもらうしかない。


「どうしたんです、佐山三尉?」

「いや、なんでもない。お前は今日が作戦初日だったな?」

「ええ」


 ジト目の久弥。ううむ、『お前』と呼ばれたのが気に食わなかったのか。

 俺は久弥を一瞥し、さっと彼女の自動小銃に視線を走らせた。


「おい、今は移動中だ。セーフティは掛けておけ」

「構いません。自分とて《ゴーストバスターズ》の一員です。ここで引き金を引くほど間抜けじゃありません」


 いや、もし本当に間抜けだったらとんでもないことになるんだがな。

 俺は、そうか、とだけ告げて、残り三分をトラックに揺られるがまま、軽い瞑想に使った。


 ちなみに、我々が内外で《ゴーストバスターズ》と呼ばれるのは、純粋に幽霊をやっつける特殊部隊だからだ。さらに略して『GB』なんて呼称されることも。相手に悪意はないのだから、俺は別に何とも思わないが。


         ※


「第一小隊、了解。総員降車! 銃器のセーフティを解除! これより突入する!」


 俺も久弥も他の先輩隊員たちも、速やかに降車して整列し、各々の得物に合わせてセーフティを外していく。

 GBでは、どんな武器を使うべきかは、突入する兵士たちに一任されている。個人的には、オートとセミオートの切り替えの利く自動小銃がいいとは思うのだが、未だにリボルバー拳銃を愛用している者もいる。


 一般の銃器と違うのは弾丸だ。『こんな暴力的な手段で成仏させてしまってごめんなさい』という気持ちを込めて、宗教施設でお祓いをされている。

 彼らが成仏できないでいるのは仕方がないにしても、現世に残って人々に害を為す連中がいるのも事実。そいつらこそ、俺たちが強制的に成仏させるべき敵だ。


 いつの間にか、ぽつぽつと雨が降り始めていた。俺たちは鍔のないヘルメットから目を保護するバイザーを下ろし、視界を確保。

 俺が数回、瞬きをしていると、ちょうど第一・第二小隊の統合司令官を務める大野三佐が語り出すところだった。と、思ったのだが。


「今日行われるのは、いつも通りの作戦だ! 今回の戦闘は、諸君らの目の前にあるトンネル内で行われる! 問題点があるとすれば、それはこの空間の狭さだ! 会敵した直後に、霊体に意識を乗っ取られる恐れもある! やむを得ず意識を喪失した友軍に発砲する際は、必ず距離を取り、防弾ベストのやや下方を狙うこと! 心臓はもちろん、頭部にも弾丸を接触させることのないよう注意しろ! 以上!」


 雨粒なんぞどこ吹く風で、大野三佐は大声で作戦概要を述べた。

 俺は脳内を整理しながら、その言葉を脳みそに叩き込んでいく。――はずだったのだが。


(悲しいね、俊之くん。誰かが亡くなったら、必ず悲しむ人がいるのに……)

「……?」


 何だ? 誰がどうやって発した声なんだ、これは? 同じ人物、そう、彼女の声に聞こえたが。

 待ってくれ、恵美。今は任務中なんだ。俺の心を乱さないでくれ。


「……山、佐山! 佐山俊之・三等陸尉!」


 唐突に意識を取り戻し、俺は少なからず戸惑った。


「あっ、大野三佐……」

「大丈夫か?」

「いえ、あっ、はい、大丈夫、だと思います……」


 俺は眉間に手を遣って、ぶるぶるとかぶりを振った。

 俺がぼんやりしている間に、第二小隊も突入を完了したらしい。未だトンネルから銃声はないが、いつどこで遭遇するか分からない、ということは分かっている。


 そんなことを考えていると、第二小隊の隊長が大股でこちらに歩いてきた。

 なにやら俺のことで一悶着あったらしい。確かに、今トンネル入口で立ち尽くしているのは俺だけだ。

 俺が居残りしていることで、隊長同士で問答があったらしい。ううむ、俺も行かなければ。

 銃声が轟き始めたのは、まさにこの時だった。


         ※


 俺と二人の隊長は、さっとアイコンタクトを交わした。この話はまた後で、と。後はもう、突入した部隊の援護のために駆け込んでいくだけだ。

 走りながら四方に視界を遣ると、そこここに真っ白い光の柱が立っている。


 この光の柱は、そこにいた幽霊や、人間に憑りついていた悪霊が成仏させられたことを意味する。二十名から成るエリート兵士が通過した後なのだから、確かに大方の幽霊は成仏させられていると考えていいだろう。


 俺は自分の背中を大野三佐に任せ、部隊に合流した。

 遮蔽物は点在している。トンネルの崩落や何らかの事故で生じた石片が、ちょうど盾になっている。


 タイミングよく身を乗り出して、弾丸をばら撒く。できうる限り周囲に影響が及ばないように、消音器を付けている者がほとんどだ。


 調子にのっていっぺんに撃ち倒そうとするのは厳禁だ。幽霊だって、自分の身体の一部を実体化することができるのだ。

 あまりデータはないが、もしその原理を応用すれば、石や瓦礫を投擲してくる恐れがある。


 いつもは二つの小隊規模の兵士たちを向かわせ、淡々と銃撃を繰り返させれば、幽霊たちの殲滅は容易だ。

 だが、今回はそうとはいえない。


「これでは不利だな……」


 俺は一旦、自動小銃をセミオートに設定。一発一発を、適度な緊張を以て撃ち放っていく。

 そろそろ俺がGBの切り札と呼ばれているところを、見せつけねば。

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