第6話
仕事に行っても小さなミスが増え、呆れられる日々。
昔と同じ、モノクロの世界のようでもう死んでしまおうかと考えていた時、ふと聞こえてきた声に立ち止まった。
そこで路上ライブをしている少年が目に留まった。
楽しそうに歌う声や笑顔が推しにそっくりでまるで生き返ったようだった。自然と涙が溢れ、素直に心が満たされていく。曲を歌い終わり他に聴いていた人がいなくなっていく中、泣いてる私を見つけ「お姉さん大丈夫ですか!?」と駆け寄ってくれた少年に頷くことしかできなかった。少年は私が泣き止むまで近くにいてくれた。
「ごめんなさい、楽しそうに歌う貴方を見てたら推しを思い出しちゃって……これからも頑張ってください」と顔をあげると「あれ? お姉さんあの時の……。一緒にライブハウス行ったの覚えてますか?」
「あ、あの時の……」
「わぁ! 覚えててくれたんですね! 俺も、俺の歌で少しでも多くの人を笑顔にしたいと思って毎週ここで歌ってるんです! お姉さんもまた聴きに来てくださいね!」
笑顔で手を振り駆けていく後ろ姿は推しそのもので、また涙が込み上げた。
「また来てくださいね」という言葉がすっと身体中に染み渡っていく。あぁ、好きだなぁ、応援したい……その気持ちだけでいっぱいだった。
翌週、あの場所へ行くとちょうどライブを始めるところだった。「お姉さん! ほんとに来てれたんだ! えへへ、今日も楽しんでいってね!」
「うん、ありがとう」
ライブが始まると数人が立ち止まり聴いていた。その人たちにも1曲が終わるごとに「ありがとうございます! あ! この間来てくれた方ですよね!」
なんて声をかけながらライブをしていた。いつも来ている人なのかな? と思いつつ周りを見渡すと、握手会のことを思い出した。
【特別になりたい】
一気に息苦しくなり少年をまともに見れない。これ以上ここにいちゃだめだ。わかっているのに足が動かなかった。
ライブが終わりみんなが歩き出す中、1人その場に留まる私にまた声をかけてくれた。
「お姉さん最後まで聴いてくれてありがとう! 俺絶対有名になって歌手デビューするから、そしたらお姉さん絶対聴きに来てね!」
屈託のない笑顔に胸が締めつけられた。
少年が有名になってしまう前に誰かに殺されてしまえばいいのに。
一気に心が黒いもやで覆われていく。今交通事故が起きたら1番に駆けつけるのは私かな、歌っている最中、急に刺したらどんな顔をするだろうか。遠くから見ている少年と同じ学校の制服を着た子をそそのかしたら殺してくれるかな。そんなこと考えたくないのに……。これじゃ結局あの女と同じだ、自分だけを見てほしいから、他の人より特別でありたいからそんなことを願うなんて最低だ。
それでもそんな感情が私を満たしている。
あぁ、きっと私はこのままじゃ人を殺してしまう。
私の応援が苦しめることになる。
もう好きな人が死ぬのは見たくないのに見たいと思ってしまう。
特別は毒だ。
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