第5話

後日、あの日のことがニュースで流れていた。私を含めたファン全員がそこで彼が芸名だったことと本名を知った。家族は泣きながら「天国でも幸せになってほしい」「女には地獄の果てまで苦しんでほしい」と語った。社長や元同じグループの人は「彼みたいな逸材がこんなに若くして命を絶たれてしまうなんて悔しい」「いつも笑顔で気遣いが出来る人だった」というコメントを残し、誰にでも優しく、愛されていたことを再確認でき安堵した。

女は裁判で「あいつが悪い!!! いつも優しくしてくれたのに、私以外の女にも優しくして、私だけを特別にしてくれなかった……!!! 私だけを見てほしかったのに!!」と声を荒らげ私は悪くないと主張を繰り返していた。

この事件は行き過ぎたファンによる刺殺事件だと片付けられ、私達ファンは『害悪だ』『うちの界隈には来ないでほしい』『彼にも問題があるのでは』とネット上でも散々な言われようだった。

実際、彼を推していると公言していた私のSNSアカウントにも他の人のところにも誹謗中傷が1週間近く続いた。

あの握手会で最後まで彼を助けようとした人のことも、すぐに動いて取り押さえてくれたスタッフの方々も、誰一人称えられることなくニュースは2週間も経たないうちにだんだんと取り上げられなくなった。


あの日から1ヶ月経った今でも私は握手会が行われていた会場に足を運んでいる。

花束を置き手を合わせながら「ごめんなさい」と何度も何度も彼に謝り続けている。あの時、私が声をかけていればまだ生きていたかもしれない。

でも、声をかけず刺されたことで、彼の瞳に映り、彼の本名を知れたことに心のどこかであの女に感謝してしまっている自分がいることも事実だった。


あの日以来、自分の中にこびりつく幸福感が拭いきれない。結局私もあの女と同じで、平等でいいと言いながらも【私だけを見てほしい】と願っていたのだ。

何度謝っても、あの女に怒るべきなのだと自分の中で言い聞かせても、怪物が『勝手に女が事件を起こし、たまたま特別を手に入れられたのだから良いじゃないか』と囁いてくる。そんなこと考えたくないのに、鏡の中でニヤついてる自分が心底怖かった。

得体の知れない自分の中にいる怪物を制御しきれない。

みんなが純粋に悲しんでいる中でこんな穢れた感情を持っている私は彼を推すに相応しくない。もう好きでいることをやめたほうがいいのに。毎朝推しの歌を聴く習慣が抜けず、無意識のうちにプレイリストを再生して後悔する。

脳裏に浮かぶ推しの顔は、笑顔でも真剣な顔でもなく死ぬ直前の悲しげな美しい顔だけだった。

嫌だ……。こんなことを考える自分が嫌なのに……。

考えれば考えるほど、まともな思考ができなくなっていく。自分の腕を自分で切るだけでもこんなに痛いのに、刺されたらどれほど痛く、苦しいのだろうか。それなのに、そんな状況を喜ぶ私は人間じゃない……。

「死んでよ……こんな悪魔……」誰に届くでもない声はただ、自分に突き刺さるだけだった。

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