第6話 片想いでもいい

 あーもうほんと、ありえない!

 初めてだよ、補習なんて。

 今までもギリッギリだったけど、なんとかクリアしてきたのにぃ!

 でもね、ひとつだけいいことがあったんだ。

 必死に数学のプリントの問題を解くフリをしつつ、チラッと隣の席を見る。

 同じクラスの瀬戸くんが、真剣な表情でスラスラとプリントに答えを書き込んでいっている。

 いつも穏やかで、誰かと話すときは、楽しそうに笑ってて。

 その顔をコッソリ見ているだけで、こっちまでホワホワとした幸せな気持ちになる。

 瀬戸君に初めて会ったのは、入学式の日。

 筆記用具を忘れて困っていたら、後ろの席の瀬戸君がそれに気づいてシャーペンを貸してくれたの。

 初日で、みんな自分のことでいっぱいいっぱいのはずなのに、周囲にまで気を配れる瀬戸君の優しさに、ずっと緊張してこわばっていたわたしの口元も思わず綻んだ。

 多分わたし、あの瞬間から瀬戸君に恋をしてる。

 今は高校二年生の秋だから――1年半くらい、ずっと。

 瀬戸君は、上位成績者としてよく廊下に名前が貼り出されてるから、補習なんて100%縁のない人だと思ってた。

 けど今、瀬戸君がわたしの隣にいる。

 それだけで、思わず口元がニヤけてしまいそう。

 あ、もちろん瀬戸君は赤点だったからってわけじゃないんだけどね。

 インフルエンザにかかっちゃって、この前のテスト、受けられなかったんだって。

 だから、その代わりに補習に参加させられてるみたい。

 ちゃんとテストを受けてたら、瀬戸君が補習に出るなんてこと、絶対ありえないもん。

 これをラッキーと言わずしてなんと言う!?

 もちろん瀬戸君にとってはアンラッキーとしか言えないんだろうけどね。

 多分、早く部活に行きたくてソワソワしているんじゃないかな。

「大会が近い」って教室でしゃべってたし。

 瀬戸君はバレー部だけど、他のバレー部員ほど背は高くない。

 セッターっていって、アタッカーにトスを上げる、チームの司令塔的ポジションなんだって。

 ……なんて知ったかぶりをしちゃったけど、わたし実はあんまりバレーボールに詳しくないんだよね。

 でも瀬戸君が試合に出るのなら、見に行ってみたいな――なんて思ってるけど、「どこであるの?」「何日の何時から?」なんて突然聞いたら、きっとなんだこいつって思われちゃうだろうし。

 それだけならまだいい。「邪魔しに来ないでよ」なんて迷惑そうな顔をされたら、きっと立ち直れなくなる。

 実はわたし、自分で言うのもなんだけど、ちょっと……いや、だいぶ派手めな女子グループにいて、普段は瀬戸君とは真逆のチャラい男子とつるんでることが多いんだよね。

 だから多分、瀬戸君からしたら「関わりたくない相手」って思われていてもおかしくないだろうなって思ってる。

 だから、これはわたしの一方的な片想いで、きっと一生この想いは届かない。

 でも、それでもいいんだ。瀬戸君の笑顔が遠くからでも見られるなら。

 ……って、ずっと思っていたんだけど。

 プリントをやり終えたっぽい瀬戸君が、荷物とプリントを持って立ち上がった瞬間――。

「え、どうしたの?」

 瀬戸君が戸惑いの声をあげる。

 気づいたらわたし、瀬戸君の手首をつかんでた。

「あ、ご、ごめんね。なんでもない」

 パッと手を離して笑ってごまかそうとしたんだけど、

「わからないとこでもあった?」

 と瀬戸君がわたしのプリントを覗き込んできた。

「だ、大丈夫!」

 本当は全然大丈夫じゃないけど、咄嗟にプリントを両手で隠して否定する。

 だって、あまりにできてなくて恥ずかしすぎるんだもん。

「そうじゃなくて…………えと……今度の試合、応援、行ってもいい?」

 消え入りそうな声でわたしが言うと、瀬戸君がビックリした表情を浮かべる。

「ご、ごめんね! なに言ってるんだろ、わたし。行かないから。大丈夫。試合、がんばってね」

 ぎこちなく笑ってみせるわたしのことを、瀬戸君がじっと見つめてくる。

「――今度の土曜の10時、Mアリーナでやるから。よかったら、応援来て」

 それだけ言うと、瀬戸君は先生にプリントを出して、教室を出ていった。

 ……え。

 行ってもいい……のかな。本当に、いいのかな。

 わたしなんかが、瀬戸君の応援に行っても。

 いやいや、瀬戸君はきっとわたしがただのバレー好きだって思ったんだよね?

 うん。そうだよ、きっと。

 わたしの気持ちがバレたわけじゃない。

 だからこそ、教えてくれたんだよ。

 だったらさ、行ってもいいんじゃない?

 ただのバレー好きを装って。

 うん。そうしよう。

 それで、コッソリ瀬戸君の応援をすればいいんだ。

「こら、佐々木。ニヤニヤしてないで、真面目にやりなさい」

「はーい、ごめんなさーい」

 とうとう先生に怒られちゃったけど、そのくらいじゃ今のわたしは全然凹まないんだから。

 思わずニヤけそうになる口元を必死に引き結んで、わたしは残りの課題に一生懸命取り組んだ。

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