第5話 わたしたちの関係って

 駿介とは、保育園に通っていたときからの仲。

 あれから20年以上続いているのだから、もはや腐れ縁と言ってもいいかもしれない。

 入園早々母親同士が仲良くなったのがきっかけで、お互いの誕生日もクリスマスも一緒にお祝いするようになり、大学生くらいからは、わたしと駿介の二人きりでお祝いするようになった。

 ――恋人でもないのに。

 そう、恋人でもないのに、二人きりで。

「そんなムダな時間過ごしてないで、彼氏くらい作りなよ」

 大学の友だちにも、散々呆れられたほどだ。

 わたしだって、そう思う。

 実際、毎年そう思ってた。

 駿介からは、甘い言葉など一度も言われたことはない。

 もちろん、「付き合おう」とか「好きだ」とか、そういう告白を受けたこともない。

 なのに、なんで誕生日もクリスマスも、いつも駿介と一緒なんだろう?

 そう疑問に思ったことも、一度や二度ではない。

 けど、一人で、もしくは家族と過ごすには寂しいお年頃になってからは、駿介からの「今年はどこ行く?」がありがたくもあった。

 けど、駿介は恋人じゃない。

「おまえら、ホントは付き合ってんだろ」

 小学生の頃から、ずっと一緒に登下校していたわたしたちに何度となくかけられてきたそんな言葉も、「はい、はい」って駿介は軽く受け流すだけ。

 きっと、『何バカなこと言ってんだよ。美空はそんなんじゃねえっつーの』って心の中で思っていたに違いない。

 けど、わたしだって何度も聞きたかった。

「わたしたちの関係ってなに?」って。

「恋人くらい作らないの?」って、冗談めかして駿介に聞きたいって思ったこともあった。

 けど、言えなかった。

 どんな言葉が返ってくるか、考えただけで怖かったから。

 だってわたしは、駿介にずっと片想いしているんだから。

 そのことに気付いたのは、いつだろう?

 保育園のとき?

 それとも小学校に入ってからだっけ?

 だから、付き合ってはいなくても、いつも駿介がそばにいてくれる今の関係が、わたしには十分幸せだった。

 このまま友だち同士なら、終わりのない関係でいられる。

 けど、一度恋人同士になってしまったら……。

 その終わりが来たときのことを考えると、怖くて今の関係を自分から崩す気には到底なれなかった。

 とはいえ、大学を卒業して4年半を過ぎ、周囲が結婚しはじめると、このままでいいの? っていう思いが湧きあがってくる。

 恋人でもない、ただの幼馴染と、このままの関係でいいのか……って。

 そんなモヤモヤした気持ちを抱えたある日、駿介からメッセージが届いた。

『今度のクリスマス、大事な話がある』

 そのメッセージを見た瞬間、ドクンッと心臓が飛び跳ねる。

 大事な話って……。

 わたしたちの関係が、ついに変わるってこと……?

「遅いよっ」

 わたしは、ぎゅっとスマホを胸に抱きしめた。



 クリスマスディナーのあと、夜景の見える展望台へと移動したわたしたち。

「うわぁ、キレイ!」

 夜景なんか全然目に入っていなかったけど、はしゃいだ声を出す。

 だって、ムリにでも声を出していないと、緊張でおかしくなりそうだったから。

「あのさ、美空」

 緊張した声で駿介に呼びかけられた瞬間、すでに限界突破しそうだった心臓の鼓動がさらに速くなる。

「うん? なあに?」

 それでも必死に平静を装って駿介の方を見る。

「結婚しよ」

「…………へ?」

 瞬時に駿介の言葉が理解できず、数秒反芻したのち、おかしな声が出た。

 え……ちょっと待って。

「だってわたしたち、付き合ってない、よね? 交際ゼロ日で結婚って……」

 戸惑うわたしを見て、駿介はわたし以上に戸惑った表情を浮かべた。

「ちょっと待って。俺、ずっと美空と付き合ってるつもりだったんだけど」

「だって、そんなこと一度も言われてないし! だから、わたしずっと……」

『付き合おう』の言葉、本当はずっと待っていたのに。

 宙ぶらりんの関係で苦しくても、それでもいつだってわたしの隣にいてくれる駿介のこの言葉を、恐れながらもずっとずっと待ち続けていたのに。

 駿介は、わたしとずっと付き合ってるつもりでいた……?

「言ったよ。保育園のとき、美空に『付き合って』って。そしたら美空、『いいよ』って即答してくれたから、俺、ずっとそうだって思ってて――」

「そんな小さいときのこと、覚えてるわけないじゃん!」

「でも俺はハッキリ覚えてる。だって、めっちゃ嬉しかったし。たしかに、おかしいなって思う瞬間がなかったわけじゃないけど……でも、何度も言うことじゃないと思ってたし。一回OKもらってるのにさ」

「そ、それは、そうかもだけど」

 でも、一度でも『俺たちって付き合ってるよね?』って確かめてくれてたら、こんなことにはならなかったのに!

 ……いや、交際が順調なうちは言わないか。

 こんなの、まんま別れる寸前の恋人の会話だ。

「え、じゃあ、付き合ってもないのに、今まで誕生日もクリスマスも、ずっと俺と過ごしてくれてたってこと?」

「そうだよ。だってわたし、彼氏なんてずっといなかったし。クリぼっちなんて寂しすぎるし、幼馴染でも、一緒に過ごしてくれるならいいやって思って」

 駿介が、ショックを受けたような顔をする。

 いやいや、ちょっと待って。

 だって、『好き』の一言はもちろん、ハグだってされたことないし、キスだってしたことないんだよ⁉

 そんなの、付き合ってるなんて思うわけないじゃん!

 今どきの小学生のお付き合いだって、そのくらい普通でしょ?

「そっか。……そう、だよな。そんなチビのときのことなんて、普通、覚えてる方がおかしいよな。っつーか、真に受ける俺もどうかしてたよな」

 自分に言い聞かせるようにして言って、駿介が何度か小さくうなずく。

「悪い! さっきのは聞かなかったことにして」

「え、ちょっと待って。さっきのって、ひょっとして、『結婚しよ』って発言のこと?」

「しかないだろ」

 駿介が「マジで俺、ハズすぎなんだけど」とつぶやきながら顔を歪めてガシガシと頭をかく。

「や、ヤダ!」

 咄嗟に駿介の袖をつかむわたし。

「え、ヤダって、おまえ……」

「わたしと結婚……してっ!」

 自分の言葉に驚いて、数秒固まる。

「……ちょっと今の待って……」

 必死に言い訳を考えていたら、駿介にがばっと抱きしめられた。

「いいのかよ。交際ゼロ日なんだろ?」

 駿介のちょっと掠れた声が耳もとでする。

 それだけで、なんかもう、なにもかもがどうでもいいやって気持ちになっちゃった。

「だって、駿介の記憶の中では交際歴二十年超えてるんでしょ?」

「……そっか」

「そうだよ」

「これからも、ずっと美空の一番近くにいる。ずっとずっと愛してる」

「そういうこと、もっと早く言って欲しかったっ……!」

 ずっと欲しかった言葉を聞いて、思わず涙声になる。

「ごめん……言わなくても、伝わってるって思ってた」

「ハグだってしてほしかったし、キスだって……してほしかった」

 今までずっと自分の中だけに押し留めていた思いが溢れて止まらない。

「うん、ごめん。なんかずっと一緒だったからさ。逆にそういうのって、今さら? みたいな気がして――」

「言い訳なんか聞きたくない!」

 わたしが叫ぶと、

「じゃあ、していい?」

 と駿介が甘い声で言う。

「え、こ、ここで?」

 自分で言ったはずなのに、思わずうろたえる。

「うん」

「今?」

「今」

「だって、みんなに見られて――」

「もうとっくに全部見られてるし」

「……じゃあ、して」

 返事の代わりに、そっとわたしから体を離した駿介の顔がゆっくりと近づいてくる。

 そんな駿介に身を任せるようにして、わたしはそっと目を閉じた。

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