第7話 5秒前
「日菜? こんなとこでなにやってんの?」
すぐうしろで聞き慣れた声がして、ドキンッと心臓が飛び跳ねる。
「な、なにって……ウインドウショッピング?」
スノードームの飾られた棚に伸ばした手をそろそろと手を引っ込めながら振り返り、ぎこちなく笑ってみせる。
家から自転車で20分くらいのとこにあるこのショッピングモールの装飾はすでにクリスマス一色で、店内にはクリスマスソングが絶えず流れている。
「そういう律こそ、こんなとこで何やってんの?」
「お、俺!? 俺……も、あれだよ。ウインドウショッピング」
そう言いながら、律がすっと目を逸らす。
「ふぅん。珍しいね。暇さえあれば家の前でバット振ってる律が、暇つぶしのウインドウショッピングだなんて」
「ダメなのかよ、俺がウインドウショッピングに来ちゃ」
「べっつにー? 誰かのクリスマスプレゼントでも買いに来たのかと思っただけ。あーそっか、そっか。そんなものをあげるような人、いなかったっけ」
「っ……うるさいよ。そういう日菜はどうなんだよ。贈る相手がいないからって、ウインドウショッピング? 寂しい週末だなあ」
「はあ⁉ そっくりそのままお返ししますぅー」
売り言葉に買い言葉。
こんな自分がいいかげんイヤになる。
せっかく、プレゼントを渡して素直な気持ちを伝えようと思っていたのに。
――片想い歴15年超の幼馴染に。
律と出会ったときのことは、正直覚えていない。
だって、1歳から通ってた保育園からの縁なんだもん。
それから小中高と、律とはずっとおんなじ学校に通っている。
スポーツが得意で、明るくて、冗談を言ってみんなを笑わせることも、ケンカになりそうな場を上手に和ませることもできる律が、陰で何人もの女子から告白されてきたってことくらい、あたしだってよく知っている。
「俺、野球にしか興味ないから」って言って、全部断ってるってことも。
あたしもきっと野球に負けちゃうと思うけど。
それでも、多分大学は別々になっちゃうから。
その前に、どうしてもあたしの気持ちを知ってほしくって。
ほんと、バカだよね。負けるってわかってる試合を挑もうとしてるんだから。
「――ごめん、ウソ。俺、プレゼント探してる」
さっきまでとは打って変わって硬い声で律が言う。
「へ⁉ あ、あー……そうなんだ。ふうん。律にもとうとうそんな相手ができたんだ。よかった、よかった。これで安心して律とは違う大学に行けるってもんよ」
膨れあがってきた涙をぐっと堪えて笑みを浮かべてみせると、くるりと商品棚の方へと向き直る。
「あたしはもうちょっとここでウインドウショッピングしてるからさ。律は、さっさと彼女にプレゼント探してくれば?」
律に背中を向けたまま、思わず冷たい言い方になっちゃた。
「いや、まだ彼女じゃねーし。でも、なにやったら喜ぶか全然わかんないからさ。探すの手伝ってほしいんだけど」
「ヤだよ。律の好きな人? の好みなんて知らないし」
「大丈夫だよ。日菜のほしいもんでいいから」
「ヤダ! あたしだったら絶対ヤだもん。知らない女が選んだものもらったって、絶対うれしくないから!」
もうこれ以上失恋の傷口を抉らないでよ。
律のバカ。
「だからっ……日菜のほしいもんが知りたいんだって。どうせやるなら、喜んでもらえるもん贈りたいし」
「だから、あたしのほしいものじゃ意味が――」
「あーもう、いいかげんわかれよ。俺は、日菜に、あげたいの」
律が、一言一言区切って強調して言う。
「日菜にって……あ、あたし!? あたしにくれるってこと?」
今まで一度ももらったことなんてないのに。
クリスマスも、誕生日も。
まあ、それを言ったらあたしもあげたことないからお互い様なんだけど。
「い、いいよ、別に。ムリしないで。ごめんね、律のウインドウショッピング、バカにして」
あたしがそう言うと、はぁーという大きなため息とともに、
「そうだよな。ちゃんと言わねえと通じないヤツだったわ」
とつぶやく声が聞こえてくる。
「だからさ。クリスマス、俺と、デートして。ってこと」
「はあ⁉」
バッと振り返ると、緊張した面持ちでほっぺたを真っ赤に染めた律が立っていた。
「……イヤならいいけど」「行く!」
ぎゅっと両方の拳を握り締めて律の言葉に被せるようにして言うと、ホッとしたように律が小さく笑った。
「あ、あたしもね、本当は……律へのプレゼント、探してた」
「は⁉ ……へぇ~、ふうん、そっか、そっか」
律がうれしそうに口元を綻ばせる。
「だからね、律に、一緒に選んでほしい」
「うん。わかった」
保育園ぶりにつないだ律の手は、わたしよりずっとずっと大きくて、野球をずっとずっとがんばってきた手だった。
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