子グマと風船

アほリ

子グマと風船

 「母ちゃん!!ねぇ起きて!!母ちゃん!!ねぇ母ちゃん!!起きて!!起きてよお!!」


 山じゅうに轟いた激しい銃声の末、突然、目の前でバッタリと倒れた母グマを必死に揺すって起こそうとした。


 しかし、子グマが何度も揺すっても母グマは起きなかった。


 もう二度と・・・


 母グマは既に事切れていた。


 子グマの身体には、ハンターが猟銃で撃ち放った銃痕から染み出てくる母グマの鮮血まみれになりながら、呆然と立ちすくんだ。


 ・・・坊や!危ない・・・!!


 脳裏に、死んだ母グマの声が聞こえてきたや否や、いきなり



 ダーーーーーーーーン!!


 ダーーーーーーーーン!!


 ダーーーーーーーーン!!



 と銃声が轟いた。


 間一髪、子グマは銃弾をかすめて一目散に逃げ出した。


 子グマは必死に逃げた。


 目から溢れ出る涙をふり飛ばしながら。


 子グマは必死に逃げた。


 子グマは、忌まわしいこの森を後にして、


 必死に逃げた・・・


 必死に逃げた・・・


 必死に逃げた・・・


 ツキノワグマの子のハップは必死に逃げた・・・


 子グマのハップはやがて疲れ果てて、手付かずの鬱蒼とした山林の叢でバタッ!と倒れた。


 涙は止まらず、ハァハァと荒い息をして仰向けになって青空を仰ぎ見た。


 「ん?」


 涙目の歪んで見える青空の向こうから、何か緑色の粒が見えてきた。


 「いったい・・・何だろう・・・」


 子グマのハップは、瞳の涙を拭って目を凝らしてその緑色の粒を見上げた。


 その点粒は段々と大きくなり、子グマのハップへ向かって降りてきた。


 「これは・・・!!」


 子グマのハップは降りてきた緑色の正体が、若干縮んで性が抜けたゴム風船だと解った。


 子グマのハップは夢中になって爪を掲げて、飛んできた小さくなった緑色の風船の紐をキャッチした。


 「風船かぁ。風船・・・風船?!」


 子グマのハップははっ!と思い出した。


 その緑色の風船が、母グマの優しい顔に見えてきたのだ。


 緑色の風船のゴムの隙間からガスが抜けて萎れた姿が、まるで子グマのハップには母グマが天国から心配で戻ってきた様に感じられたのだ。


 「母ちゃん・・・」


 そんな母グマふとした衝動にかられた。


 子グマのハップは風船の吹き口の結び目を解いて、口から息を入れて、ぷぅ~〜!ぷぅ~〜!と大きく膨らませ、再び吹き口を爪で縛って空にぽーん!と放った。


 空高く飛んでいく緑色の風船・・・母グマの魂。


 「僕は・・・もう大丈夫だよ。僕は独りで生きてゆけるよ・・・

 だから、空の上で僕を見守ってね・・・」


 〜fin〜

 

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子グマと風船 アほリ @ahori1970

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