虹が見えたら恋が加速する

真紗美

第1話

 じっとりと汗が絡みつく暑い夏。私は今度こそはと気合を入れて、身体中にアンテナを張っていた。

 「次の大会まで時間がないので……」

 コートの端っこで軽いミーティングが始まり、私は副部長の言葉を聞き流し、カメレオンのような視線で校庭を狙っていた。

 

 きっともうすぐ……もうすぐだ。今度こそ、あぁ今度こそ私はやり遂げる。絶対大丈夫。

 「では、部長から対策として……」

 きたきたきたきた!キターーーーーー!

 「ちょっと水飲んできます」

 私はミーティングの輪を飛び出し、ラケットを後輩にぶん投げて走り出す。木陰にあるマイボトルなんで目じゃない。私が目指すのは校庭の水飲み場オンリー!

 今そこに見える景色は、隣のクラスの坂崎さかざき君が頭から水をかぶり、喉仏を上下させながら一心不乱に水を飲む姿だ。この瞬間を何度願ったことか。今、このタイミングしかない。憧れの坂崎君。


 衛生上、蛇口に口を付けて飲んではいない。もちろん坂崎君がそんな事をしていたとしても、私は恐れ多くて同じことはしない。してはいけない。衛生論ではなく精神論である。

 ただ、私は彼の後に使いたい。それだけだ。坂崎君が握ったハンドルを触りたい。同じ場所で水を飲みたい。それだけのことが、どれだけ難しかったか想像してほしい。校庭にはうじゃうじゃと他の部活もあって人もいっぱいだ。彼もマイボトルがあるから必ず水飲み場を使うとは限らない。

 今は本当に本当にチャンスで、もう二度とないかもしれない。


 走れ!頑張れ私!テニス部のダッシュを信じろ!坂崎君が飲み終わり、あと少しというところで目の前に熊のような大きな影が現れた。


 「今日は暑いなぁ」

 陸上部の顧問である佐藤先生がのそっと出てきて、よりによって私の狙っていた場所に入り込み水をかぶる。


 おわった……絶望しかない。


 「こっち空いてるぞ」と、言われても

 「いえ、いいです」と、冷たい声が出てしまう。

 両端の蛇口には意味はない。

 鉛を飲み込んだように喉も身体も重くて辛い。足取り重くコートに戻ろうとしていると、コロコロとサッカーボールが転がってきた。


 「ごめん。たのむー」

 坂崎君の声が私に届く。

 「えーと、蹴ってー」

 私は何も考えずボールを彼に蹴ると、奇跡的に綺麗に届いた。

 「いいねーさんきゅ」って言葉を残して、坂崎君は風のように行ってしまった。


 あぁ……好きです。

 

 水飲み場で1年生がふざけて水を飛ばし、虹を作っていた。


 私の恋は加速する。

 


 

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虹が見えたら恋が加速する 真紗美 @miodama

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