第3話 「序盤森ダンジョンを最速攻略します」
村イベを終えた俺たちはいよいよ本格的な冒険を始めた。
目指すは最初のダンジョンである『魔物の森』だ。
木こりのおっちゃんの言う通り、村の外ではスライムや狼のような魔物が出没したが、ラミアの前には埃を払うよりも軽く蹴散らされたことは言うまでもない。
「……そういえばラミアってどんなスキル構成だっけ?」
「貴様の言う
「オッケー! もう大丈夫!」
どうやらこのラミアは俺の知っている〈ラミアズ・テンペスト〉の魔王ラミアと全く同じ強さと考えて良さそうだ。
「ちなみに攻撃技って……?」
「日が暮れても良いなら説明するが?」
「はは……。やっぱりいいや……」
そんなやり取りがありながら、俺たちはすぐに森に着いた。
森の入口には、初心者冒険者が読みもせずにスルーして後悔するという看板が立っていた。
【注意! この先『魔物の森』 推奨レベル5以上】
森の中では野犬や巨大蜂の群れといったものに翻弄され、初めて薬草を惜しみながら使い、少しずつ経験を積んでいく場所だ。
だが――
こちらの存在に気づき、奇声をあげて駆け寄ってくる十数匹のゴブリン。その群れに対し、ラミアはまるで指揮者がタクトを振るうように、優雅に細い指先をひらりと動かした。
彼女の指先から放たれたのは、暴力的な炎や氷ではない。紫紺に輝く無数の蝶だった。蝶の群れは幻想的に宙を舞い、ゴブリンたちの一匹一匹にふわりと触れていく。
触れられた瞬間、ゴブリンたちの動きが止まり、その体は音もなく黒い灰へと変わっていった。呻き声すらなく、ただ静かに存在が消滅していく。美しくも、あまりに残酷な光景だった。
「画面越しじゃ見られない高画質エフェクトだな……」
残されたのは黒い灰と、申し訳程度の小銭袋だけ。
「よし、ドロップ確認っと。……銅貨3枚か。序盤の小遣い稼ぎにはなるけど、秒で終わるから有り難みがないな」
俺は慣れた手つきで袋を拾い上げる。
ゲームで言えば、ここは最初の壁。
初心者プレイヤーはレベル3〜4程度で挑み、雑魚に囲まれては何度も逃げ帰る。
攻略サイトでも序盤の難所として「まずは外周でスライム狩りを30分」や「ポーションは最低10本用意」といった攻略情報が詳しく書き込まれていた。
しかし、魔王ラミアの火力はそのすべてを台無しにする。
「……小さき獲物ばかり。余に挑むにはあまりにも弱すぎる」
「まあ魔王が序盤の森に来ること自体、想定外だからな」
俺は苦笑しながらも森を進む。
出てくる敵はことごとく、ラミアの範囲魔法で瞬殺。
火球一発で十匹まとめて焼け死に、氷槍の雨で群れごと串刺し。
しかも魔力の消耗すら微々たるものだ。この程度の魔法なら一秒もせずにラミアの魔力は回復してしまう。
道中の宝箱も――。
「ラミア、罠感知――って、いきなり燃えだしたぞ!?」
「ふん、開けるのも面倒だ。中身だけ残して灰にしてやったぞ」
「心臓に悪いわ! 開錠スキルも罠解除スキルも完全否定かよ! ……にしても、便利すぎるなそれ」
通常プレイヤーなら毒ガスや罠矢に怯えながら開ける場面も、ラミアの前ではただの邪魔な木箱に過ぎない。
森の奥へ行けば行くほど本来なら苦戦するはずの冒険が、ただの散歩と化していた。
「ここから先がラストダンジョン……のはずだ」
鬱蒼と茂る木々の奥に、苔むした石造りの門が現れる。
「本来なら主人公が魔法で門を壊すDPSチェックイベントだが……」
ラミアを一瞥すると、彼女は俺の言葉も待たずに門に触れ、膨大な魔力の波動で門を破壊した。
「どうも。……そんじゃ行くか」
「ああ」
かび臭い石造りの遺跡に足を踏み入れる。
俺の革靴が濡れた床をギュッと踏みしめる音と、ラミアのハイヒールが奏でるカツンカツンという子気味いい音がこだまする。
例に漏れず道中の雑魚敵はラミアが指一本で蹴散らし、トラップや謎解きギミックも全て破壊しながら一直線でボス部屋へとたどり着いた。
「ここで終わりだな」
「さっさと終わらせて帰るぞ。湿った空気が煩わしい」
ラミアは指を弾き、ボス部屋の扉を消し飛ばす。
奥の広間には赤い目を光らせる巨影――ミノタウロスが待ち構えていた。
通常なら数時間かけてレベルを上げ、入念に装備を揃えて挑む相手。
屈強な体格による体当たりと巨大斧の一撃は、初心者にとって即死コンボだ。
ここで心を折られてゲームを辞めるプレイヤーも多かった。
「さあ、貴様は楽しませてくれるか?」
ラミアが唇を舐める。
(……まあ、瞬殺なんだろうな。)
俺がそう高を括ったのも束の間、ミノタウロスが地を揺るがす咆哮をあげ、巨大な斧を引きずりながら猛然と突進してきた。蹄が石畳を削り、火花が散る。ゲーム画面で見ていたのとは比較にならない、本物のプレッシャーだ。
だが、その圧倒的な突進を前にしても、ラミアは一歩も動かない。それどころか、面白そうにふっと唇を歪め、パチンと優雅に指を鳴らした。
「――《
彼女が静かに唱えた瞬間、その周囲に幾何学模様を刻んだ紫色の魔法陣が、ステンドグラスのように幾重にも展開される。
一つ一つの魔法陣から放たれたのは、物理的な矢ではない。憎悪と絶望を凝縮したかのような、純粋な魔力の奔流。その幾十もの焔の矢が、意思を持つかのようにミノタウロスを追尾し、その屈強な肉体に次々と突き刺さっていく。
「グガァァァァァ……!」
熱風に俺が目を細める。魔力の矢が触れた箇所から、ミノタウロスの肉体が黒い灰へと変質していくのが見えた。屈強な筋肉も、硬い骨も、魔王ラミアの魔力の前には等しく無力だった。
やがて巨体は形を保てなくなり、内側から崩壊するように、人型の灰の山へと変わる。
そして、その灰すらも風に吹かれてサラサラと消えていき、後には焦げ付いた石畳と、申し訳程度のドロップアイテムだけが残された。
「……秒殺だったな」
「うむ、実に退屈だ」
俺は頭を抱え、苦笑を漏らす。
「ゲーム的には初めてのボス撃破で超盛り上がるイベントなんだけどな……」
「知らぬ。余にとっては、ただの小獣よ」
指先に灯った紫炎をフッと吹き消す彼女の横顔を、俺は肩をすくめて眺めるほかなかった。
――とにもかくにも、こうして俺たちは序盤の難所である森ダンジョンを最速でクリアしたのだった。
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