第2話 「最初のクエストを最速攻略します」
「いやー、まさかラスボスを連れての冒険になるとはな……。これこそ最高の『強くてニューゲーム』ってやつだ!」
魔王城を後にし、俺は太陽が降り注ぐ草原を意気揚々と歩いていた。風は涼しく、遠くに小鳥の鳴き声まで聞こえる。
勇者の冒険というより、まるでピクニックの出発風景だ。
だが隣を歩く存在は、この世界で最も恐れられた魔王ラミア。
圧倒的な存在感と威圧感で、平和な風景から完全に浮いている。
「貴様、先程からブツブツと何を言っておるのだ。頭でも打ったか?」
「いやいや、これが俺の素。独り言はゲーマーの習性みたいなもんさ。――それにしても、ラミアって意外と話せるんだな。ゲームじゃ一切喋らなかったのに」
「フン……余に口を開かせるとは、この世界で貴様が初めてだ」
確かにゲームの中で彼女は寡黙だった。喋るどころか、出会えば無言で即バトル。言葉の余地すら与えない、恐怖の象徴。
それが今、少し不機嫌そうに眉を寄せながらも、俺と並んで歩いている。そのギャップに、思わず頬が緩む。
「さて、まずはハジメ村に戻るぞ。
「クエスト……? 勇者というものは、人の下らぬ雑事を請け負うのが習わしか」
「まあまあ、そう言わずに。最初のクエストは薬草集めと狼退治だ。サクッと終わらせて次に行こうぜ」
〈ラミアズ・テンペスト〉において、序盤の村はチュートリアルの宝庫だ。薬草集めでアイテム管理を学び、狼退治で戦闘の基本を叩き込まれる。
しかし今の俺には不要。魔王ラミアというチート存在を仲間にした時点で、その学習カリキュラムは完全に意味を失った。
「ラミアって、確かワープできたよな?」
俺は試しに聞いてみる。
ゲームの彼女は突如プレイヤーの前に現れて戦いを挑む存在だった。その性質を逆手に取れば、空間移動も可能なはず。
「連れて行けと? ……まあ良いだろう。しっかり掴まれ」
ラミアは躊躇なく応じる。俺は彼女の細い腰にしがみついた。
柔らかい感触と同時に、全身を包む圧倒的な魔力の奔流が伝わる。
視界を白い光が埋め尽くし、次の瞬間――俺たちはハジメ村の入り口に立っていた。
「……うお、マジでワープした」
感動している俺の横で、ラミアは当然のように澄まし顔で周囲を見渡す。
村人たちは俺たちを見て凍りついた。
二本の角、漆黒のドレス、そして魔王特有の圧倒的オーラ。子どもが泣き出し、母親が慌てて抱き寄せる。
大人たちは顔を強張らせて後ずさりし、俺たちのために道を開けた。
「人間どもは臆病だな。余が一睨みしただけで凍りつく」
「まあ、お前のビジュアルじゃ睨むまでもないだろうけどな。恐怖の権化みたいなもんだし」
村人たちを横目に、俺はクエストをこなすため民家へと向かう。
「よし、まずは薬草を出してくれないか?」
「はあ……そのようにくだらぬことのために余の力を使うとは……。後にも先にも貴様だけだろうな」
渋々といった様子でラミアは小さな魔力の塊を握る。
次の瞬間、塊はパッと霧散し、彼女の手には新鮮な薬草が生えていたかのように現れた。まるで自然の摂理を書き換えるかのような芸当だ。
「ありがとうラミア」
「あ、ああ……。貴様の為なら容易いことだ……」
照れ隠しなのか、彼女は視線を逸らす。魔王のそんな仕草に、俺は少し頬が緩んだ。
そんな彼女から薬草を受け取り、俺は村の老婆の家をノックする。
「おや、ルーカスかい」
「おはようおばちゃん」
室内から現れた老婆に、俺は薬草を差し出した。
老婆は驚いたように目を丸くしたが、すぐに顔を綻ばせた。
「そうそう、これが欲しかったんだよ。まったく早いねえ。ありがとう。はいこれ、お駄賃」
銀貨を受け取り、俺は早速次のクエストへ。
普通なら薬草の場所を探して往復に時間をかけるが、そんな手間はゼロ。
これが魔王ブーストだ。
村の北へ向かうと、斧を振るう木こりのおっちゃんが狼三匹と対峙していた。
現実の狼はゲームで見るよりずっと大きい。低い唸り声、鋭い牙。緊張感が場を満たしている。
「おいルーカス、近寄るな! こいつらは危険だ!」
「おっちゃん、俺も戦うよ!」
本来ならここで勇者が素手で立ち回り、ダメージを受けつつ戦闘の基礎を学ぶ場面。だが……そんなものは不要だ。
俺は振り返り、ラミアに目配せする。
「……ラミア、お前の出番だ」
「余の出番、だと? 何をさせるつもりだ」
「全部、一撃で頼む」
「ふむ……」
その瞬間、ラミアの瞳が金色に輝いた。
彼女は右手をゆっくりと振り上げる。詠唱も、魔力の高まりを示すエフェクトもない。
――次の瞬間、轟音がとどろく。
地面が裂け、空気が震え、眩い閃光が爆ぜた。
狼たちがいた場所には直径十メートル近いクレーターが口を開け、影も形も残っていない。
焦げた肉の匂いだけが風に乗って漂った。
俺は思わず息を呑む。
ゲームでは想像できなかったスケール。ラスボスの本当の力を目の当たりにして、背筋に震えが走る。
「さすがだラミア……!」
「あの程度の雑魚では暇潰しにもならんな……」
ラミアはつまらなそうにドレスの裾を払う。さり気ないその仕草さえ優雅に映った。
木こりのおっちゃんは目を見開き、完全に言葉を失っていた。やがて膝をつき、震える声を絞り出す。
「た、助かったよルーカス……。村の外はあんな魔獣で溢れている。コイツを持っていけ」
差し出されたのは小さなナイフ。ゲームではこれが初めての武器だ。
俺が受け取ると、おっちゃんは苦笑した。
「ま、まあお前には不要かもしれんが……」
その言葉を残し、彼は足早に立ち去った。
目の前で魔王の力を見せつけられた後では、無理もない。
こうして俺はラミアの力を借り、チュートリアルクエストを最速でクリアした。
本来なら一時間以上かかる導入部分を、たった数分で。
効率化の極み! これぞRTA!
だが、胸の奥でひそかに思う――
(……こんな楽勝でいいのか?)
そんなことを思うほど、魔王と共に進むこの冒険に、たしかに俺は胸を躍らせていた。
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